第21話 勇者教
デルミア帝国が大変なことになっている頃のイームス王国
ロイドたちが勲章をもらった直後である。
生徒たちに勲章は与えられたが、国軍の不甲斐なさをあまり大々的に公表したくない国は今回の事件を有耶無耶にした。今回与えられた勲章はどちらかというと口封じに近い。
『勲章をくれてやるから面倒なことはするなよ』という。
3分の1を失った国軍は徴兵を行うことにした。だが勇者学校からは徴兵できない。これは国教である勇者教が定めたことだ。
勇者教の教皇と国王は対等。両者は不可侵となっているため手が出せない。
基本武力では国軍が勝っていたから今までなら無理も通せたが、これだけ国軍の力が落ちてしまってはそうはいかない。
今勇者教とぶつかり合えば十中八九国軍が負ける。
勇者教の一番の強みは僧兵ではなく、勇者たちなのだ。勇者たちは一騎当千。今までは王国側からの圧力もあって貸し出していたが、基本的にはその管理権限は勇者教にある。
これを好機とみた勇者教は国内での勢力を拡大するとこに決めた。
この国難に呼び出されたのは勇者科Dクラス担任ブラッド・ドラキュールだ。
「よく来たな、ブラッド」
「とっくに引退している私に何の様ですか?」
自室で王はブラッドと向かい合う。
「この前の大規模侵攻で国軍は多大な被害を受けた。そしてこの機に勇者教がこの国の主導権を握りだそうと動き出した。そこでお前を呼んだのだ。勇者教に従わない勇者、ブラッド・ドラキュールよ」
「国王と言えども勇者教への攻撃は問題なのでは?」
「その通りだ。だからお前が勝手にやったことにしてほしいのだ。勇者時代に勇者教に逆らったお前なら適任だ!」
「なるほど」
ブラッドは捨て駒になれと言われているにも拘らず、表情を崩さず淡々と答える。
「お主の勇者教への恨みを晴らさせてやろうと言っているのだ。ありがたく思え」
「、、、ふっ、そうですね」
「では行け!」
ブラッドは一礼すると無言で部屋から出ていく。
「あの男に任せて大丈夫なのですか?」
横に立っていた宰相が王に尋ねる。
「あの男は勇者教に恨みを持っておる。今回にはうってつけの男だ。実力だけはあるから適当に飼っておいたが、やっと役に立つ」
ブラッドは王城を後にして行きつけの飲み屋へと足を運ぶ。
「よう、ブラッド。今日はいつもにも増して辛気臭い顔してるな」
「そうかい」
この店のマスターのダダンはブラッドが勇者学校にいた時の同期だ。だからたまにこうして飲みに来る。
「マスター!エールをお替り」
そしてこの店はここ最近、ロイドが一人で通っている店でもあった。
「ん?お前は」
「あ、先生じゃないですか。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「お前こそ何でこんなしけた飲み屋にいるんだ?」
「しいて言うならしけてるからですかね。落ち着くんですよ」
「おい、お前ら失礼なこと言いすぎだぞ」
「まあ俺もしけてるから来てるってとこもあるもんな」
「無視かよ」
ダダンは諦めて自分のグラスにもウイスキーを注いで飲みだす。
「もしかして何かめんどくさいことになってたりします?」
「どうしてそう思う?」
ロイドからの急な質問に内心驚きながら表情を崩さずにブラッドは質問で返す。
「国力が落ちて勇者教が幅を利かせだしてるって聞いたんで」
ロイドは別にそんな話は聞いていない。国力が落ちれば自然とそうなる。ただの予想だ。
「まあそうだな」
だがそれが分かった上でブラッドは肯定する。
「それでロイド、ベヒモスを倒したのはお前だろ?」
そしてその代わりとばかりにブラッドは自分の予想もロイドにぶつける。
「何でそう思うんですか?俺魔力ないんすよ」
「魔力が無くてもお前がうちの生徒じゃ一番強いからな」
「先生も強いでしょ?学園で一番」
「ははは!俺がそう見えるか?」
「見えますね。昔会った剣聖と同じぐらい」
「そういやお前は魔力抜きの戦闘で剣聖に勝ったことがあるんだったな」
「先生は剣聖のライバルだったって聞いてますけど」
「まあライバルだったかもな。そして友でもあった」
「じゃあなんで教師なんてやってるんですか?勇者としても働き盛りの年齢じゃないですか」
「、、、勇者が嫌いだからだよ」
「え?」
「おい、ダダン。俺は帰る。お勘定。ロイドの分も払う」
ブラッドは金をダダンに渡して出口に向かう。
「おい、ブラッド!おつり!」
「いい!その金でロイドに飲ませてやってくれ」
ブラッドはそう言って飲み屋を後にした。
「俺なんかよくないこと聞いちゃいましたかね?」
ロイドは恐る恐るダダンに尋ねる。
「いや、気にしなくていい。あいつはきっとお前になら聞かれてもいいと思ってたんじゃねーか?普通なら何も言わずに勝手に帰る」
「ならいいけど。剣聖の話を出したのがよくなかったんですかね?」
「剣聖はどうでもいいさ。もう一人を思い出したんだろう」
「え、どういうことですか?」
「まあ調べればすぐに分かるか。俺たちの代には天才が3人いた。鮮血のブラッド、剣聖エリクトル、死霊使いデス。俺たち4人は親友だった。まあ俺だけ平凡だったけどな。そしてその天才3人の中でも飛びぬけていたのがデスだ。だがデスは殺された。勇者教の教えに背いたとして処刑されたんだ」
「なんでですか?」
「デスは魔族をかばったからだ」
「、、、それで死刑になるんですか?国に保護されてる魔族もいると聞きましたけど」
「今は勇者教より国の方が力が強いからな。だが昔は勇者教の勢力の方が強かった。国からしたら魔族は研究対象だが、勇者教にとっては神の敵対者、絶対に許してはいけないものなんだよ」
そう言ってダダンは自分のグラスに入っていたウイスキーを一気に飲み干す。
「その後どうなったんですか?」
「デスは処刑され、ブラッドは勇者を辞めた。エリクトルだけがいまだに勇者を続けている。そして俺はこの通りバーの店主だ」
「で、今勇者教が昔の力を取り戻そうとしている」
「ああ、そうなるな。だからブラッドも気が気ではないんだろう」
「うーん、そうなってくると俺も気が気じゃないですね」
「え?」
「俺にも守りたい魔族がいるんで」
ブラッドが置いて行ったおつり分きっちり酒を飲んでロイドは帰って行った。
勇者教とは魔王を倒したとされる初代勇者に同行していた僧侶が立ち上げた宗教だ。
歴史は長く、いつ作られたかは昔過ぎてはっきりしていない。遥か昔から勇者を補佐し、魔物や魔族をこの世から根絶することをスローガンに掲げている組織だ。
だが時代が進むにつれ勇者の補佐というより、管理しようとしだした。そして今では勇者を自分たちの兵隊と思っていて、魔物を倒すより勇者を使って世界の長になることを目指している。
勇者教のトップは教皇。初代勇者が生まれた地とされるラエル山を聖地とし中腹に総本山を構えている。ラエル山はイームスの北に位置し、この大陸で最も高い山だ。
山の下からでもよく見える巨大な教会。
そんな協会の大聖堂では気怠そうに椅子に腰かけ、集まった神官たちを見下ろしている老人。
「教皇様!王国側が動き出したようです!」
「、、、そうか」
教皇と呼ばれる老人は顔色一つ変えず、無感情に呟く。
「王国側がどのような手に出てくるかわからないので、迎撃に移りたいと思っているのですが」
「、、、よい」
「指揮は私に任せてもらっても?」
「、、、よい」
「ありがとうございます」
指揮を任されたのは枢機卿であるゲパイル・メンデである。恰幅の良い老人で、先代教皇の頃から枢機卿を務めている男だ。
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