第4話 開ける道

ジロウ・ササキの心は踊っていた。イームスに行けばあの男に会えるから。初めて会ったとき彼の余りの強さに悔しさを通り越して憧れさえ覚えた。


きっとあの男はさらに強くなっているだろう。そう考えただけで体が震えた。


やっと会える。今の自分と彼の力の差はどのくらいだろう。ほんの少しでも近づいていられたなら。いや、そんな考えは甘いか。ジロウにとって彼は人生をかけて追いかける目標なのだから。


「ジロウ様、どうしました?嬉しそうですね」


「ああ、さすが『剣神』だ。ゲームも強かったのじゃ。だが明日は実戦でやっと戦うことができる!今から楽しみで血が滾っておるわ」


「ジロウ様なら余裕で勝てますよ!」


「おい、貴様!ロイドを舐めるなよ」


「うっ!」


ジロウは従者を睨みつける。あまりのプレッシャーに従者は腰を抜かす。従者に悪気はなかった。むしろ本気でジロウの勝利を信じて言ったのだ。それが分かっていて尚ジロウには許せなかった。

自分とロイドとの関係を第三者に軽々しく意見されたくなかったのだ。


「あの男はわしの永遠のライバルじゃ」


誇らしげにジロウは笑みを浮かべた。




だが留学初日、ジロウの大声が学校中に響くことになる。


「なんでロイドがいないのだ!!!!」


「それは彼に魔力がなく勇者になる資質がないので普通科に編入したからだといったではないですか」


「ロイドに勇者の資質がないわけないじゃろ!というかさっきからなんじゃ貴様!ぶち殺すぞ!」


「私は生徒会長であり、今のイームス国立勇者学園の序列1位です」


「貴様程度が、、、?とにかく普通科の場所を教えろ!」


「はぁ、わがままを言わないでくだ―


「この校舎の裏にある別館よ」


「ミユキ!!!」


それを聞いたと同時にジロウは窓から飛び出して行く。


「勝手なことをするな!ミユキ!」


「勝手なこと?客人に聞かれた質問に答えただけよ」


ミユキは悪びれもせずに淡々と答えた。


「ちっ!」


そんなミユキを見てセトは悔しそうに舌打ちをする。





「今日は留学生が来るからちゃんと学校来いって言ったじゃん!」


「だから来てるだろーが」


「昼からでしょーが!」


「別に勇者科の留学生なんだから会うこともないだろ」


「だからだよ!今日しか見れないからこそボクはヒノモト国の留学生について君と想像を膨らませて、あわよくばBLみたいな妄想もしていきたかったんだよ!」


「BLの妄想に男を誘うな」


「まあでもどっちみちそれは無理だったんだけどね」


ヒートアップしていたニニカの熱は突然しぼむ。


「ん?クソ不細工だったのか?」


「いや、女の子だったんだよ」


「はぁ?」


バン!


そんな話をしてるところで教室のドアが勢いよく開かれる。


「ロイド!ジロウが来たぞ!」


見覚えのある女がそこには立っていた。ああ、昨日のゲーセンの女だ。彼女は真っすぐ俺の前まで歩いてきて胸ぐらを掴む。うお!昨日ゲームで負けたのがそんなに悔しかったのか?


「どうして勇者を諦めた!」


ん?勇者?


そして思い出した。目の前の女の悔しそうな顔を見て。そういえばよく見た顔だ。


「お前、居合を使うサムライか」


「そ、そうだ。覚えててくれたのか?」


俺の胸ぐらからジロウの手が離れる。


「当たり前だろ。お前は手ごわい相手だったからな」


まあ今思い出したんだけど。


「本当か!?」


「嘘ついてどうするんだよ」


まあ今思い出したんだけど。


「そうか、そうか。わしを覚えていてくれたか。そうか」


嬉しそうにジロウは笑みを浮かべた。


「で、何の用だ?」


「そ、そうであった!貴様なんで勇者を諦めたのだ!」


「、、、ほじくり返すなよ、せっかく忘れて来たってのに。魔力がね―からだよ。そんな奴聞いたことねーだろ。魔力がないならいくら剣が使えても意味がない」


「、、、?どうしてだ?」


ジロウはキョトンとした顔で聞いてくる。


「はぁ?魔力を纏わない剣じゃ魔力を纏った奴に傷を付けることはできない。つまり魔物と戦えない。常識だろ」


「それならオドを使えばよかろう」


「オド?」


はぁ?何を言ってるんだこの女は。


「なんじゃ、イームスではオドを習わんのか?オドとは魔力とは逆の力。体内からではなく外から集める自然エネルギーじゃ」


はぁ?何を言ってるんだこの女は。


「おい、本当にそんなものがあるのか?」


もしそんなものがあるなら俺は。


「もちろんある。そしてこれは誰にでも使える。だが取り込める量は少量だ。その量を上げるには血のにじむような鍛錬がいる。その代わり魔力と違いオドには限界がない。鍛錬を積めば積むほど取り込める量は多くなる」


「ちょ、ちょっと待てよ。そのオドって言うのがあれば魔力がなくても魔物と戦うことができるのか?」


いや、そんなわけない。もしそんなことができるなら俺は。


「もちろんだ。サムライは元々魔力が少ない種族だからのう。儂らは魔力とオドを半々で混ぜ合わせて戦う」


、、、勇者への道を閉ざされたあの日から真っ暗闇にいた俺に初めて光が見えた。針の穴よりか細いかすかな光でしかない。でもそれは暗闇の中にいた俺にとっては目が焼けるほどに眩しいものだった。


「、、、ジロウ、俺にそのオドを教えることはできるか」


俺はもう一度勇者を目指すことができるのか?


「もちろんじゃ。そもそも逆にオドを習ってないことに驚いておるところじゃ」


「俺にオドを教えてくれ!この通りだ!」


気が付くと俺はジロウに頭を下げていた。


「教える教える!だから頭を上げろ」


「ありがとう。恩に着る」


ジロウに言われて頭を上げたが、俺はいったい今どんな顔をしているのか自分でもわからなかった。


「そ、その代わりまたわしと戦ってくれ」


そんな俺を見てジロウは恥ずかしそうにそう言った。


「当たり前だ」


断る理由なんてない。むしろまた勇者と戦えるなら願ってもないほどだ。


「そうか!」


ジロウは嬉しそうに笑った。




俺たちはすぐに学校を抜け出し裏山へ向かった。


「で、なんでお前までいるの?」


「え?ロイド君いないと学校いてもつまんないし。見学ぐらいいじゃん!ケチケチするなよぉ!」


「まあいいや。そんなことよりジロウ、オドを教えてくれ」


「いいのか?その女は―


「ロイド君がいいって言ってるんだから早く教えてあげて!ジロウちゃん!」


ニニカはニッコリ笑ってジロウに言う。


「わ、わかったのじゃ」


一瞬ジロウが怯えたような顔をしたが気のせいか?いや、今はそれどころじゃない。というかどうでもいい。


「どうしたらいい?」


「オドは自然エネルギーを集めるもの。どれだけ自分が自然と一体化できるかによるのじゃ。個からどれだけ全に近づけるか。まあお主には言うより見せた方が分かりやすいだろう」


ジロウは刀を中段に構えて目を閉じる。すると徐々に黄色いオーラが刀を包みだす。属性なしのプレーンな魔力の色は青だ。明らかにそれとは違う力。そしてジロウから生き物としての気配が若干薄くなった。


「どうじゃ?少しは分かったか?」


「全部わかった。ありがとう。あとはもう俺一人で出来る」


「へ?全部わかったとはどういうことじゃ?」


「いや、言った通りだよ。仕組みは分かった。ここからは鍛錬を続けるだけだ」


「一度見ただけで?ヒノモトのサムライは会得するには数年かかるんじゃぞ!さすがのお主でも!」


「こういうことだろ」


今ジロウが見せてくれたことを実践してみる。だが難しい。ほんの微々たるものしか取り込めなかった。うっすらと体が黄色く光っただけだ。目を凝らさなければわからないほど。


「はぁはぁはぁ。全然取り込めなかった。やっぱめちゃくちゃ難しいな」


だが目の前のジロウは固まっていた。


「初見で習得するじゃと!?ははは、さすが儂のライバルじゃ。再戦は数年後と思っとったが。そうか、わしがイームスにいる間に叶いそうじゃのう」


「待っててくれ」


「ふふ、その不敵な顔にわしは焦がれたのじゃ」


「ん?なんか言ったか?」


「いいや、何でもない」


この時ジロウはあどけない少女のような笑顔を見せた。

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