第8話 クラットの時間

 ドンドンドンドンドンドン!


「きゃあああっ!」


 あたしは椅子から飛び上がった。


 部屋のドアが外から叩かれている。

 たたき壊さんばかりの勢いで。


「里紗ちゃん! なにお部屋に籠ってるのっ……あははっ! ほら、開けなさいっ!」


 ママの声だ。

 ドアを叩いているは、あたしのママ。

 でもあたしの知っているママではない。


 ドアは今にも外から突き破られそうだ。


「開けてっ! 開けなさいっ! 開けてったらっ! あーはははははははっ! あははははははははっ! ほら、里紗ちゃん! 開けるのよっ!」


 ママはあんなふうに笑わないし、あんなに激しくドアを叩いたりしない。

 わたしは慌ててドアに駆け寄った。

 そしてドアを内側からロックする。


 鍵がかかるドアでよかった……って、そんなことで安心してる場合じゃない。



「開けてっ! ねえっ……開けてよっ……ねえねえ、パパ、里紗ちゃんがクノトンなのよっ! ほら、すっごくノッキオなことがあるんだからっ! あははははっ!」


「やめてママっ! どうしたのっ? ねえっ! やめてよっ!」



 ドアを背にして座りこみ、耳をふさぎながら叫んだ。

 どうしたの、といまさらママに聞くのはおかしいだろうか。


 ママがどうしたのか、あたしは知っている。

 怖いのは、ママがあたしをどうしたいのか、さっぱり予想がつかないことだ。


 と、重い足音が駆け足で近寄ってきた。



「こらっ! 里紗っ! このレーノク娘めっ! ぶはっ……ははははっ わははははははっ……いつからそんなにクラットになったんだっ! わははははははっ!」


 パパの声だった。

 ドアを叩く音がさらに激しくなる。



「やめてよっ! ドア叩かないでっ!」



 ほんとうにドアを壊されるかもしれない。

 あたしの体重くらいでは、ドアを支えきれない。



 ベッドを動かしてドアを塞ごうと思った……が、とても重くて一人では動かせない。 

 だからなんとか、服を仕舞ってるキャビネットを動かした。

 めちゃくちゃ重かったが、ベッドよりは動きそうだ。



「開けなさい、里紗ちゃん! ははははっ……あははははっ……」


「開けろっ! ぶは、ぶはははははっ! このプノコヒー娘っ!」



 今度は軽やかな足音が近づいてきた。



「おねーちゃんっ! 開けてっ! きゃはっ……きゃはははははっ! めちゃノッキオなんだからっ! ほらっ! ママとパパにクロッチョされちゃうよっ!」



 妹の声だ。


 ママも、パパも、妹も……完全にあたしの知ってる3人じゃない。

 妹は、とても大人しい女の子だった。

 ちょっと控えめすぎて、小学校のころからよくいじめられるほど。


 あたしは小さなころから、そんな妹をよく庇って、ときには男の子とケンカもした。


 でも、そんな妹ももういない。

 パパとママも、もういない。



 ドンドンドンドンドンドン!



 ドアを叩く音がさらに激しくなった。



「もうやめてっ! いい加減にしてよっ!」



 三人でドアを叩いている。

 シッ、ミシッとドアの板がきしむ音がした。



「もうやだっ! やめてったらっ!」



 なんとかキャビネットでドアを塞ぐ。

 それでもママ、パパ、妹……の声を発する3人の「何か」は、外からドアを叩き、ノブをガチャガチャと回す。


 何かもっと重いものでドアを塞がないと。



 勉強机を動かそうとした。

 キャビネットに比べてかなり重い。



「開けてっ! 里紗ちゃん開けなさいっ!」


「開けろ里紗っ! 家族でノッキオしようよっ!」


「おねーちゃんっ! 開けてよっ! みんなでクラットしようよっ!」



 なんとか、部屋の中央あたりまで机を引きずることができた。



「あはははははっ! 里紗っ……里紗ちゃんったらっ!」


「おいっ! 里紗っ……ははは、ぶはっ……ぶははははははっ!」


「きゃははははははっ! ヤバい、超ノッキオなんだってばっ!」



 汗まみれになりながら、ドアに向かって勉強机を押す。



 ドーン! ドーン! ドーン!



「ひっ……や、やめてっ!」



 ドアを叩くだけじゃなく、外からドアに体当たりしているらしい。

 たぶんパパだろう。



 ダン! ダン! ダダン! ダダダダダン!



 妹かママかわからないが、ドアを蹴っている。

 がくっ、がくっ、とドアの板が揺れ、鍵のあたりがミシミシと悲鳴を上げた。

 ドアノブがガチャガチャと回される。


 その時……普段は使わないような力が出た気がする。



「んんんんっ!」



 全体重をかけて机を押した……なんとか、机がキャビネットにぶつかる。

 さっきよりだいぶましなバリケードになったはずだ。



「開けてっ! 開けてよ里紗っ!」


「里紗っ……ははははっ……ぶははははっ……開けなさいっ!」


「開けろっ! 開けろってばおねーちゃんっ!」



 ドアが叩から、体当たりされ、蹴られる。

 ミシミシときしむ音がさらに大きくなる。

 せっかくバリケードにしたキャビネットも勉強机も、衝撃で振動している。



 ドアが破られるのは時間の問題だろう。

 開けられないとしても、ドアの板もいつまでも持たない。

 と、すると……



 この部屋から逃げる?

 逃げるって……どこから?


 逃げるとしたら、窓からしかない。



 でも、あたしの部屋は2階だ。

 いや待てよ。

 窓の外には、1階部分から少しせり出した屋根がある。


 そこにいったん飛び降りて……さらに地面まで飛び降りる?



 でも……外に逃げたとして、それからどこに行けば?



 外から聞こえるパトカー、救急車、消防車、そのいずれかのサイレン。

 それがさっきよりも大きく、方々から聞こえるようになった気がする。



 スマホからはまだ、「カンパニー on the air」の放送が流れている。

 

 まだ“絶叫マシンボーイ”とスタジオの話は続いていた。




「あ、“社長”っ! “副社長”っ! なんかほんと、そこらじゅうフルトントだらけっすねっ! 道がシノソーまみれっすよっ! あはっ……あはははははっ!」


「ぎゃははははっ! さっきうちのエンジニアがホスロして、スタジオの外もフルルトだらけだよっ! で、“絶叫マシンボーイ”、もうリサちゃんの家についた?」



 “社長”の声はもうガラガラだった。

 スタジオ内に響く大爆笑。

 喘ぎ、呻きながら笑っている声もする。


 “絶叫マシンボーイ”が、ひとしきり笑いながら答えた。




「もう着いてますっ! 玄関のドア閉まってたから、今から屋根によじ登りますねっ!」


 えっ……


 窓の外を見た。

 やがて……カーテンを閉じた窓の向こうに、人影が見えた。


 人影が窓ガラスを外から叩きはじめる。



「里紗ちゃんっ! おれっ! おれだよっ! クラスの増島だよっ!」


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