第7話 “絶叫マシンボーイ”の話

「今日午後11時30分ごろ、東京都××区の×××テレビ局社屋の玄関付近で2人の男性がガソリンをかぶり、自らに火をつけて自殺を図り、一時辺りは騒然となった。付近の消防が駆けつけて消火に当たりましたが2人はその場で死亡と確認。2人はお笑いコンビ『ヘルボーイズ』の大杉孝則さん(29)と川口泰樹さん(28)(ともに××区在住)。目撃者によると、同日××テレビで放送された番組の生収録の後、局を出た直後にお互いペットボトルに入ったガソリンをかけ合い、ライターで火をつけた。自殺に至った経緯や詳しい動機について、××警察署が関係者に事情を聞いている」


 ニュースに目を通したあと、またハッシュタグを確認した。



『やばいやばいやばいww』

『タイミング良すぎ』

『あの客の反応じゃ自殺したくもなるわ…』

『てかリノのママ、なんでハマったの』

『ヤムヤムヨー!』

『てかおなか痛い』

『まじでヘルボーイズ』

『大ファンだったのに(嘘)』

『自分らで自分らをクロットンしたのねw』

『ヘルボーイズ、ヘルに行ったの』

『番組、またヘンなの来た』

『てか社長と副社長もヘンなんだけど』



 え、てか笑えないんだけど。

 なんでみんな笑ったり茶化したりできるの。



 あたしはますます寒気を覚えた。

 さっきまで全身を覆っていた粘っこい汗が、急に冷えたみたいに。



 またラジオアプリを起動して「カンパニー on the air」を聞きなおす。

 今度は別の男の子が喋っていた。



「それでうちの母親、姉ちゃんのバーバーノを両方、トルソーヌしちゃったんですよお。ぷっ……くくくっ……ふふっ……ははははっ……親父はビールの瓶を食べちゃうし、テーブルはシノソーまみれ! みんな大笑いして、姉ちゃんなんか笑いながら床にはいつくばってシノソーまみれになりながら自分のバーバーノ探してるの! バーバーノないのに、バーバーノ探してるんっすよお! はははははははっ!」



 爆笑する男の子。

 それに応じて“社長”も“副社長”も大笑いする。


 いつもの賑やかなテンションとは明らかに違う。



「はーはははははっ! やべえ! バーバーノがリビングのうえでころころ転がってるわけ! それを姉ちゃんがマートルで探してるわけね! ひーひひひひっ!」


 笑い過ぎて“社長”はほぼ呼吸困難を起こしているように聞こえた。


「だめだめ、もう『怖い話』特集終わり! あははははははっ! はははははははっ! ……クロットン関係の話ばっかで、シノソーコな番組になっちゃってる! 放送コードにひっかかちゃうよ? このままじゃ、番組潰れちゃうよ! うひーっ! ひひひひひひっ! いーひっひひひひっ!」


 “副社長”はこうなっても“社長”の突っ込みの役を守っている。

 でも、笑い声は“社長”以上に無気味でヒステリックだった。


 あとスタジオ内には、“社長”と“副社長”以外の人たちもいるようだ。



「あははははっ!」

「ひひひひひっ……ひーっ!」

「わっはははははっ……プノコヒーかよ!」

「ノッキオ! ははははっ! 超ノッキオ!」



 男の人や女の人、数名の笑い声……激しく手を打ち鳴らす音もマイクが拾っている。


 スタッフの人たちだろうか。

 あと、この番組の後に生番組を担当している女性アーティストに似た声も聞こえた。



「で、絶叫マシンボーイはそれからお姉ちゃんをどうクロッチョしたの? できるだけ放送コードに引っかからない範囲で教えて!」



 “絶叫マシンボーイ”というのが男の子のラジオネームらしい。

 しばらく彼は笑い続け、呼吸を整えてから話しはじめた。



「あははははっ……ひひひひひひっ……やばいなあ……これ言っちゃっていいのかなあ……まだ俺高校生だしなあ……姉ちゃんはバーバーノ探すのに必死だから、仕方なくお母親をクロッチョしようと思ったら、母親いつの間にか二階にあがってて、弟の部屋のドアをドレットンしてたんですよお……」


「弟、ビビってた? 部屋に閉じこもってたとこドレットンされて……あははははっ!」



 ドレットン、の意味がなんとなくわかった。

 さっき、リノがされたことだ。


 それにいま、あたしは家族に部屋のドアをドレッソンされることを恐れている。



 ハッシュタグも、もうまともではなかった。



『絶叫マシンボーイ、激タートム』

『姉ちゃんのバーバーノ転がるとかノッキオwww』

『やばいさっきから笑い止まんなくてホスロしそう』

『うちの母ちゃんからシノソー止まんないんだが』

『てかラザニアマン、クロットンしてえ』

『ラザニアマンなら俺がクロットンした。いまシノソーまみれ』

『いまから兄貴の部屋にドレッソン』



 まだ正気を保ってる人もいるようだった。



『もうだめ。家族完全におかしい』

『ドア叩き壊される…窓から逃げる』

『みんな逃げて』

『でも逃げるってどこへ』

『ほんとにやばい』

『外もやばい。めっちゃパトカー走ってる』

『向かいの家、燃えてる』



 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


 救急車のサイレン? もしくは消防車のサイレン? それともパトカー?

 いつもは気にもならないが、ハッシュタグを見て、遠くからのサイレンがすごくリアルに感じられた。


 

 “絶叫マシンボーイ”が話し続けている。



「で、弟の部屋に入ったらめっちゃタボタボでえ……ひひっ……ひひひっ……こ、これ、これ言っちゃマズいかなあ? ……これ、ラジオ的にオッケーかなああ……あはははっ……あははははっ……」



 ちょっと待って。


 あたし、この“絶叫マシンボーイ”の声に聞き覚えがある。

 こんなふうに笑ってる声、いつも聞いている。


 そんな、まさか。



「いいじゃんこの際! ひひひひひひひっ! 絶叫マシンボーイ、気持たせんなよなあ…………あははははは、はははは、ひひひひひっ!」


「ダメダメ! ダメだよ“社長”。ほら、スタジオの外、ほんとに局のお偉いさんいっぱいいるんだから! ぎゃは、はははは、あははははははっ! やべえ、ほんとの社長もこっち見てる!」



 笑う“社長”と“副社長”



「てか、お偉いさんもほとんど大爆笑しながらシノッソーまみれで、スタジオの外もかなりシノソーコ状態になっております今夜の『カンパニー on the air』! ははははははははっ……ひひひひひひひひっ…… さあ、絶叫マシンボーイ、お母さんと弟どうしてたの?」


「これ、ほんといいのかなあ……てかいろいろアウトなんですけど……はははは……あは、はははははっ……ははははっ……母親、弟をシルスオしてるんですよ! ……弟、マートルで逃げようとしたんだけど、シルスオされたらノッキオになったみたいで、もう俺、母親、弟で大爆笑! ……ひひいひひひひっ!」



 うそ。絶対うそ。

 聞き違いだ。そうに違いない。


 でも……この声……めちゃくちゃ似てる。



「ひひ、ひーっ……ひひひひっ……で、で、それから絶叫マシンボーイはどっちをシルスオしちゃったの?」



 “社長”の声はもう完全にかすれている。

 スタジオに響き渡る大爆笑。


 さっきよりたくさんの人がマイクの周りにいるみたいだった。



「あははは、はははははっ……ひひひっ……てかショージキ、どっちにしようかと思ったんですけどお……」


 この声。


 同じクラスの増島くんの声だ。


 いつも明るくて、教室で笑ってる増島くんの声と同じだ。

 一度だけ、あたしも話したことがある。増島くん、女子に人気者だから。


 そのとき増島くん、年の離れたお姉さんと、小学生の弟がいる、って言ってた。



「……どっちもシルスオしちゃいましたあ! あはははははははっ!」



 大爆笑。


 “社長”も“副社長”も、スタジオ内にいるほかの人たちも。

 もちろん“絶叫マシンボーイ”も。



「で、いま……絶叫マシンボーイはシルスオ真っ最中?」


 社長の呼びかけに、絶叫マシンボーイは答えた。


「いまは、家を出てクラスの女子の家に向かってます! あははははっ! ……実はその子のこと、以前からめちゃくちゃ好きだったんでえ……この際、クラットついでに告白します!」



 大爆笑と、絶叫マシンボーイを口々にはやし立て、冷やかすスタジオ内の人々の声。


「せ、青春だねえ……アオハルだねえ……ひひひひひひっ……でその子の名前、なんてーの?」


 と“副社長”


「この際、言っちゃいなよ! はははははっ! ラジオで告白の予行練習しろよ! はははは……ひひひひひひっ!」



 一呼吸おいて“絶叫マシンボーイ”は叫んだ。



「リサちゃん、好きです! いまから家に行って、クラットするからね!」



 里紗というのは……あたしの名前だ。

 一瞬、気が遠くなると同時に、全身に鳥肌が立つ。




 と、次の瞬間……部屋のドアが激しく外から叩かれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る