第6話 ヤムヤムヨー
動画が始まる。
いかにも冴えない二人組だった。
ライブステージに立った二人は、どうも人前に出ることに慣れていないらしい。
一人はデブで金髪、眠たい目と分厚い唇。黄色のフード付きパーカーにショートパンツという、ふつうの人ならそれなりだけど、この人が着ていることで暑苦しく見えるいでたち。
一言でいうと、あたしも含めて世間の多くの人が「イキリオタク」で真っ先にイメージするタイプだった。
「どうもー! ヘルボーイズでーす!」
デブが挨拶するが、もう一人は無言だった。
痩せた長髪の小男。異様に髪が長い……腰より下まで伸ばしてるようだ。
ガイコツのうえに薄皮が貼ってるように見える。
というか、ガイコツに土気色のペンキを塗ったように見える。
「なんかしゃべれ!」
黙ったままの長髪ガイコツに、金髪デブが突っ込みを入れる。
「今夜もお前らを呪ってやろうか!」
「おかしいやろ」
また突っ込む。
観客は静まり返っていた……というか戸惑っていた。
デブが突っ込みで、ガイコツがボケらしい。
「最近な、はじめて行く場所に行くとき、スマホのナビ使うやん? でも、お年寄りとかはあんまりアプリ使い慣れてないから、道聞かれることあるよな」
「ないな」
ガイコツには動きも、表情もない。落ちくぼんだ目が、ギラギラと光っている。
「この際、あるとしてくれや。それで、お年寄りに道聞かれたときに、ナビアプリ見せながら道案内するんやけど、どうもうまいこと説明できへんねん。そんなわけで練習したいから、お前お年寄り役やってくれる? 俺、道説明するから」
「時間のムダだな」
「……このステージ終わったら楽屋で今後について話し合おか。とりあえずやって」
「不本意だが今夜は例外だぞ」
「例外とかどうでもええからはよやれや……」
静まり返ったままの観客を前に、デブとガイコツは距離を取る。
デブがスマホをいじるふりをはじめた。
ガイコツが腰を曲げて、杖をつくふりをしながらデブに近づく。
「若造。百貨店に行きたいんだがいますぐ教えろ」
「高圧的なじじいやな。まあえけど。あ、おじいさん道がわからないんですね……いま、スマホで道を調べますから……ちょっと待ってくださいね」
「早くしろ。わしはただでさえ人生の残り時間がお前より少ないんだ」
「なんかむかつく自虐やなこのじじい……ええっと、百貨店ですね? ああ、ここ、ここです……今僕らがいるのがここ、ほんで、百貨店はここ」
デブがスマホをおじいさん役のガイコツに見せるしぐさをする。
ガイコツがスマホを覗き込む。
観客は凍り付いたように静かだった。
「このプラポット色のが百貨店で、ソルトッツ色のがわしらの居るところか」
「なに? それ。色? 色のこと言うてんの? おじいさんどこの人?」
「ということはこの大きなシーシークをまっすぐ行って、最初のマオラントを右に曲がるのだな」
「シーシーク? マオラント? いや道は合ってるけど言うてることがわからん」
「そのまままっすぐ行けば、公園があるわけか」
「あ、公園は公園でええのね」
「そして左手に公園、その真向いがソーソーヨジル」
「あ、病院ね」
「そしてさらにシーシークを左に曲がると百貨店と言うわけか」
「百貨店も百貨店でええのね」
クスクス……と、かすかに観客席から笑い声が聞こえた。
本気で笑っているというか、あまりにも静まり返って気まずくなっている会場の空気を和ませようと、心優しい観客の一部が愛想で笑ったような感じ。
『ヘルボーイズ』はそのまま笑えない漫才を続ける。
ハッシュタグを確認してみた。
ハッシュタグ「#カンパニーontheair」に加えて、「#ヘルボーイズ」のハッシュタグを追加して投稿している人もいる。
『これ?これがヘルボーイズ?』
『笑えなすぎて笑えるwwww』
『意味わかんねw』
『あんがい俺は笑えるかも』
『え、さっきリビングでばーちゃんがソソーヨジルつってたんだけど』
『ちょっとなに、親が部屋のドア叩いてる』
『やばい』
『部屋の外で両親めっちゃ笑ってる。怖い…』
『これがリノのママのツボ?』
『正直わかんなすぎるw』
『腹割って話して。これ、どこがおもろいの』
『プラポット? シーシーク?』
『これ、今晩テレビに流れてたの?』
『わざわざキャプった奴の気が知れん』
『電波に乗せるなよこんなん…』
『テレビ的にアウト』
『放送事故レベルww』
笑えないどころじゃなくて、あたしはギャグの寒さとは別の寒気を覚えていた。
動画のなかの客席のように、いまあたしの家のリビングは静まり返っている。
ママやパパや、妹の笑い声や奇妙な言葉は聞こえてこない。
それが、またいまにも始まりそうな予感がした。
「おじいさん、そやから百貨店への道はわかったね。ほな、ぼくは行くから」
そういって『ヘルボーイズ』の突っ込み担当デブは、腰を丸めたままのボケ担当ガイコツから離れようとする。
「待て。若いうちからそんな機械に頼ってるとタートムにはなれないぞ」
「ごめん。タートムが何かわからんけど別になりとうない」
「わからんのか! このレーノクが! プノコヒーが!」
「え、僕、罵られてる? 非難されてる?」
え。
タートム、レーノク、プノコヒー……
「このクノトンめ! 世が世ならおまえをクロットンしていたところだ!」
「どういうこと? すごい物騒なこと言うてる?」
と、腰を曲げていたガイコツがすっくと背を伸ばし、客席に向かって叫ぶ。
「ヤムヤムヨー!」
やはり水を打ったように静まり返った客席を前に……金髪デブと長髪ガイコツが顔を見合わせる。自分たちの漫才がまるでウケない、というのは二人にしてみると織り込み済みのようだ。
と、ガイコツがカッと目を見開いて叫んだ。
「やはり今夜もお前らを呪ってやる! ヤムヤムヨー!」
「もうええわ。ありがとうございましたー!」
まばらな困惑の拍手を受けて、舞台からはける『ヘルボーイズ』。
動画はそこで終わっていた。
あたしはなぜか……妙にほっとした。
サムすぎる漫才が終わったからだろうか。
それとも、まだうちのリビングが静まり返ってるからだろうか。
ため息をつこうとした瞬間。
SNSの番組ハッシュタグに新たな投稿があった。
『これ、マジ?ヤバくない?』
ニュース記事速報の記事がリンクされている。
記事タイトルを読んで、わたしは思わずスマホを机に投げ出した。
スマホが急に、持てないほど冷たくなったように感じたからだ。
“【速報】漫才コンビ、番組収録後にテレビ局前で焼身自殺?”
記事を読まなくても……そのコンビ名はわかった。
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