第10話 元祖ありがとう、神様!!

夏祭りの後は、あっという間に夏が過ぎて行って、2学期が始まってしまった。

私の足も医者から完治だと言われた。

(推しにレポート渡せなくなるなあ……)

同時に始まったのは体育祭で披露するフォークダンスの練習。

体育館の舞台に立っているタヌキがマイクを持っていた。

「フォークダンスっていうのは、外国の踊りで、ふたつの円を作ってパートナーチェンジを行いながら、踊るやつやねん」

タヌキはもうひとりの先生とフォークダンスを踊り始めている。

(せっかくだから体育祭は楽しまなきゃ!)

なんてったって、吹谷先生と踊れるかもしれないのだ。

(推しと踊るときに頭真っ白にならないように叩き込まんとなあ)

この上ないほど体育に気合いを入れて覚えた。


体育祭に欠かせないのは、前準備だろう。

体育祭の前日。有志が集まって準備していた。私が申し込んだ理由は、推しの成分を摂取するためだ。

放送器具に砂が付かないように、ビニール袋を被せたり、線につまづかないように机に縛り付けたり、みんなに配慮する準備を心がけた。

放送部の人たちと準備していると、吹谷先生があたりを見渡して、何かを探していた。

諦めたみたいで、私たちの方に向かってくる。

「お、式地さんや」

「吹谷先生! 何か探してるんですか?」

「マイク探してんねんけど、どこにあるか分かる?」

机の上に置いていた事を思い出した私は、机を指した。

「あっちにありましたよ」

吹谷先生は「ありがとう、神様」と言った後に

私が指した方に向かって行った。

(本家きたー! さらっと違和感なく言えちゃうあたりとても素晴らしいですありがとうございます)

手帳にメモしたい欲に駆られたが、グッと堪えて準備に勤しんだ。


無事準備を済ませ、迎えた体育祭当日。

私の出番は、リレーとフォークダンスだった。

リレーはエリカが一緒に出たいからと言ったので、お願いして代わってもらったものだった。

緊張する体をさすりながら考える。

(短距離があったら1番良かったんだけどなあ)

入場して、指定された場所で待機する。賑やかな観客たち、臨場感のある音楽。

ピストルの音と共に駆ける走者たち。

順位を流れるように報告するアナウンス。

体育委員の人に促され、第三レーンに入った。

心臓の音がバクバクとうるさい。

向かいの走者がぼちぼちこちらに来始めた頃、私はゆっくり息を吐いて、大丈夫、と呟いた。

そして軽く走り始める。

バトンを受け取ったとき、思いっきり地面を蹴った。

その瞬間、なにも気にならなくなった。

さっきまで気になっていた観客も、音楽も、順位も。

ただ、全力で走ることがとても気持ちがよかった。

コーナーに差し掛かる少し前、アキが見えた。

「がんばれ!」

初めて聞いた、アキの大きな声が耳に届いた。

もしかしたら自分のクラスを応援していたのかもしれない。

でも、少しだけ、自惚れてもいいよね。

私はひとり抜いて、バトンを渡せた。


体育祭の見せ場はなんと言っても、フォークダンスだろう。

後輩の憧れになるプログラムだ。

合法的に好きな人と踊れるかもしれないという、まさに『青春』みが溢れるものだ。

私の最初のパートナーは同じクラスの男子。

流行りの音楽と共にフォークダンスが始まる。

代わる代わる色んな人と踊っていく。

そして、彼氏が目の前きた。

(昔はアキと退場を一緒にしたかったとか考えてたなあ)

私は彼氏に、にっと笑って、ステップを踏む。

「応援、聞こえてた?」

「うん、ありがとう、嬉しかった」

「よかった」

たったこれだけだが、学校で喋らない日よりも喋れた。

くるくるとダンスのパートナーが変わっていくという事は、推しと踊れるかもしれないのだ。

関わりがほとんどないクラスの人になって、知らない人にくるくる変わっていく。

少し先に吹谷先生を見つけた。あと1曲あれば、絶対に先生と踊れる距離。

先生が隣にきた時、ちょうど音楽が終わってしまった。

推しに、辿り着けなかった。

神様をこれほど恨んだ事はないだろう。


家に帰って、パソコンを起動し、掲示板を開いた。そして殴るようにタイピングをする。

『あと少しで先生とフォークダンス踊れるところで終わっちゃったマジで神様恨む』

いつもの友達が反応してくれた。

『いつもより荒れてるね。てか先生のことをめっちゃ好きじゃん。私のことは眼中にないの?』

『先生は恋愛ってよりもアイドルみたいな感じで見てるよ。だからそういうのじゃないよ』

『ふぅん。まあいいけど』

『あと、関係ないけど、リレーで1人抜いたよ』

『すごいじゃん。やればできる子だね。よしよし』

私は今日1番言いたかったことを言えて満足したから、適当に挨拶をしてパソコンの電源を切った。

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