第5話 デート
赤ペンを買って、あとはプリクラを取るだけになった私たちは、ゲームセンターをぶらぶらする。
当時流行っていたアニメのフィギュアとか、お菓子とか、懐かしいコインゲームとか、色々な話題で談笑していた。
「こうやって一緒にいるの、ちょっと……。その……」
恥ずかしい、という言葉を飲み込んだ。
アキが彼氏であることが恥ずかしいのではない。彼の隣にいる人間が私というのが恥ずかしいのだ。
そして、もしそれが彼の友達に見られたらなんて言われてしまうのか、分からなくて怖かった。
「わかる、なんか照れるよな」
彼の言葉は棘がない。話術に長けているのか、性格なのか、多分どちらもなのだろう。
懐かしみながらプリ機のスタートボタンを押した。
プリ機はそこらへんのゲーム機に負けないくらい大きな音でスタート! と叫んだ。
ビクついて後退りした私を見た彼は、あははと笑いながらプリ機を操作する。
「希美さんってうさぎみたいだよね」
アキはそう言いながら私の簡単アバターをウサギで作っていた。
「君は犬っぽい」
「じゃあ俺犬にするー」
彼はあっという間にアバターを作り上げた。そしてプリ機に「撮影ブースに移ってね!」と言われた。
隣の撮影ブースに移動すると、軽快な音楽と共にカウントダウンが始まる。
ピースから始まって、ハートを作ったり、ネタが尽きて両手で狐を作っていた。
「最後の一枚、行くよー!」
と元気な声でプリ機に言われて、どうしようか、と声をかけた時だった。
「じゃあ、ぎゅってしよ」
「うん」
抱きしめられる懐かしい感覚。
彼の体温。匂い。
別れた時は忘れたくて仕方がなかったものたちが心をくすぐる。
遠くでプリ機のシャッター音が鳴ったが、気にならなかった。
「希美」
輪郭をなぞられ、顔を上げた時、アキはこちらをじっと見つめていた。
キス、するんだろうなと思った瞬間だった。
反射的に彼の肩に顔を埋めてしまった。
もどかしそうに彼は頭を撫でてくれる。
ごめんなさい、と心の中で呟いて、離れた。
彼の手を引いて、私は落書きブースに向かう。
プリ機で適当に落書きをしている時。
「ねぇ、もしなんだけどさ」
アキが画面を見ながら呟いた。
「別れるって言ったら、どうする?」
こんぐらいの時期だっけ、なんて思い出す。
彼は不器用だ。
勉強に身を入れるとなれば、恋人である私は邪魔になってしまうのだ。
私は握りこぶしを作った。
「アキが言うなら別れるよ」
「君の重荷になりたくないの」と、続けた私は精一杯の笑顔で答えた。
「そっか」
彼の顔は怖くて見れなかった。
家に帰り、いつもの掲示板にログインする。
『今日は彼氏とデートした。楽しかった』
『デートしたの? 珍しいな、どこいったん?』
いつもの友達も反応してくれる。
『近くのしょぼい商業施設。プリクラ撮っていい? って聞いたらいいよっていってくれた』
『優しいなあ、私とも撮ろうね。愛してるよ』
『彼氏、優しいよね。ありがとう、いつか撮ろうね』
投稿して満足した私は、挨拶を済ませてパソコンの電源を落とした。
夏休みまで、2ヶ月もなかった。
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