第4話 手帳
放課後、ホームルームが終わり、手帳を睨めっこしていた時のことだった。
手帳には先生との会話で出たパンの種類が書かれている。
あの日以来、昼休みの体育教官室や職員室で吹谷先生に会うたびに一言二言喋るようになった。
ただ、話のネタがないせいで、その日の朝ごはんのネタが手帳に埋まっていくばかりだった。
吹谷先生の朝食は、パンが多かった。
(理想は和食だけど、朝の時間がないから手軽なパンで済ませてるのかな。てことは朝に弱いのかな、それとも朝シャワー派とか、朝は胃が受け付けないからとかなのかな)
推しノートと化した手帳の後半ページに考察を書き連ねる。
今日の吹谷先生は、珍しく眼鏡をかけていて、知的で色っぽかった。
そんな先生が今日の朝ごはんはスティックメロンパンだと言うのだ。
次に買う菓子パンリストがまた一つ潤った。
いつか、同じパンを食べたことがあると伝えたいと思っている。
(ただ、タイミングがないんだよなぁ……)
吹谷先生を長い間拘束してしまうのはよくない気がして、ひとつの話題を聞くことしかできずにいる。
どうしようかと手帳とにらめっこしている時だった。
「希美さーん」
「ん、なーにー」
手帳に『次の話題 犬派or猫派』と書こうとしている時、声の主に気付いてハッと顔を上げた。アキだった。
「めっちゃ集中してたんやね」
アキは優しい声で微笑んでくれた。
反射的に返事をしたが、無意識だった。
慌てて隠す私に「小説?」と聞くアキ。
「うん、ネタを考えてた」
私はカバンに手帳を戻しながら答えた。
しばらくしてもバイバイと言わないアキに疑問持つ。
(いつもならちょっと喋って終わるのに、今日は補講サボるのかな)
アキをぼんやり眺めていると、キョトンとした顔で「帰らんの?」と尋ねてきた。
私を待っていたのは今日が一緒に帰る日だったからなのか。私は納得した。
頷いた私は、彼の後を追った。
彼は話を振るのも、聴くのも上手かった。
校門を出て、坂を下って、電車を待つのもあっという間だった。
時々、ふと思い出してしまうのだ。
どんなに優しくても、面白くても彼は私よりも友達を優先するのだ。
(いつだったかな、そのことで家でひとり大泣きしたっけ)
でも、今は夢の中なのだ。少しくらいはっちゃけてもいいだろう。
過去の私を成仏させるつもりで声をかける。
「ねぇ」
電車の中、私を守るように前に立ってくれる彼に声をかけた。
優しい目が私に向く。この目が大好きだったなあ、なんて思いながら続けた。
「ちょっと寄り道したいの、着いてきてくれる?」
彼の手を握り、ちょっとした商業施設のある駅に降りる。
「で、買いたいものって?」
勢いよく改札を通ったのはいいものの、何も予定がなかった私は立ち止まってしまう。
「えーっと……。その、一緒にプリ撮りたくって。あと赤ペンも欲しくって」
彼はにっこり笑って「いいよ」と答えてくれた。
唐突のお願いも聞いてくれる彼はやっぱり優しい。
「行こっか」
差し出してくれた彼の手を握った。
「うん!」
そうだった、私は彼に否定されるのを恐れて誘うことができなかったのだ。いや、しなかったのかもしれない。
涙が滲んできて、左手で拭った。
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