第20話 美優の決意/冬夜の家族

 冬夜が倒れて数十分が経過した。

 体育館で起こった騒動は、雪菜が鈴木を呼んできたことによって既に鎮火している。当然麻野たちは生徒指導室に呼ばれ、事態は概ね解決に向かっていた。




 養護教諭の坂本が「またこいつ怪我したのか」と言いつつ、冬夜を保健室まで運んだ後のこと。


「矢島くんって、学校生活を楽しめているのでしょうか」


 と、雪菜が唐突にぼそっと呟いた。それを聞いていたのは、近くにいた美優だけである。


「…どうかしたの?」


 その呟きを聞いていた美優は、真剣に悩んでいる彼女を見て少しばかり心配になっていた。矢島、という名前が聞こえたからだ。


「あ…いえ、ただなんとなく矢島くんのことが気になっていまして…。修学旅行実行委員会の時は、一人で別の仕事をしていたと聞きましたし…修学旅行中も倒れていたりしたので、楽しめているのかな…と」


「少なくとも、3日目と4日目は楽しそうだったよ」


「そう…ですか」


 誰にでも優しい雪菜は、ここ最近それが気になって仕方がなかった。自分には何かできることがあったのでは無いかと、思い詰めているのだ。


「でも…楽しめていたのなら、打ち上げの時に先に帰ってしまったのはどうしてでしょう…。本当はあまり楽しくなかったのでは無いでしょうか」


「そんなこと…」


 「そんなことない」と言いたかったが、美優は言葉を詰まらせてしまう。

 あの日、冬夜と恵美は打ち上げに参加する前に帰ってしまった。その理由は恵美から聞いていたが、美優はそれに納得できていない。もし冬夜は帰ろうとしていて、恵美がそれを止める為に参加していなかったとしたら…と、美優は考えていたのだ。


「西宮さん? 大丈夫ですか?」


「え? あ、うん。全然大丈夫」


「…急に変なこと言ってごめんなさい。私の考えすぎかも知れません」


「そ…そうだよね。うん、考えすぎだよ。…ふふっ、私ちょっと喉乾いちゃった。飲み物買って来るね」


 美優はぎこちない笑顔を浮かべてそう言った。


 足早に体育館を後にした彼女は、体育館を出てすぐ近くにある自販機の前で再び考え込む。


(全部私のせい…だよね)


 美優は冬夜のクラスメイトであり、冬夜と同じく修学旅行実行委員だった。そのため、修学旅行の一件にはそれなりに大きな責任を感じている。またそれに加え、カラオケでの一件や先ほど聞いた麻野の言葉、それら全てにおいて、自分が冬夜に大きな迷惑をかけているのではないか…と、そう不安に思っているのだ。


「はぁ駄目だ私……」


 美優は自販機にお金を投入し、小さめの緑茶を買いながらそう呟いた。

 言葉だけなら諦めた様に感じるが、美優の顔にはある一つの決意が宿っている。


(迷惑を掛けてたなら謝ろう。冬夜にはもっと…笑顔でいて欲しい)


 今でも美優はタクシーの中で見た、冬夜のぎこちない笑顔を忘れられずにいた。美優の中で、冬夜に対する罪悪感は決して消えていない。それでも決意できた理由は、罪悪感とは別の、ある種の感情が渦巻いているからだ。


「そういえば冬夜、大丈夫かな」


 冬夜が意識を失ってもうすぐ30分が経とうとしている。もう目を覚ましてもおかしくは無い、そう思った美優は、体育館を出た時よりも早足で保健室へと向かうのだった。






矢島冬夜


 ついに日曜日の朝を迎えた。今日は西宮との約束の日である。月曜に負った傷も癒え始め、先日の検査でも問題はないと診断された。

 ふと時計を確認すると、待ち合わせの時間まであと30分を切っている。俺はある程度身支度を済ませ、二階にある自室から一階のリビングへ降りた。


「おはよう、冬夜くん」


「おはようございます、春人はるひとさん」


 春人さんは戸籍上俺の父親だが、血の繋がっていない父親だ。

 月曜日の一件から度々、あの日のことを夢に見る。あの日、本当の父さんは交通事故によって帰らぬ人になってしまった。


「春人さん…最近、母さんの調子はどうですか?」


「そうだね…最近はよく笑うし、調子は良いと思うよ。相変わらず、記憶は曖昧だけどね」


 母さんは俗に言う記憶喪失である。父さんが亡くなったことが引き金となり、元々発症していた解離性記憶障害かいりせいきおくしょうがいが悪化してしまったのだ。そのため精神的にも不安定となり、今でも入院を繰り返している。

 春人さんは、母さんが入院をしている病院の医師をしている。詳しい配属などは知らないが、患者さんからの評判は良いらしい。


「そうなんですね」


「うん。あれ、その格好は…お出かけかな? バイトじゃ無いんだね」


 俺の格好を見て春人さんがそう言った。今日の俺は黒いテーパードパンツに、群青色から白色にかけてグラデーションのかかったサマーニットを着ている。バイトの制服を着ていないこともそうだが、着用している外出用の眼鏡を見てそう思ったのだろう。


「はい、今日は友人と遊ぶので」


「そうなんだね。友人というと…裕樹くんと葉月ちゃんかな?」


 優しい笑みで春人さんが訪ねてくる。


「あぁ、今日は違うんです」


「お、珍しいね。気をつけて行って来るんだよ」


「はい。行ってきます」


 春人さんに挨拶をした後、玄関へ向かう途中に中学3年生の妹、結衣ゆいとすれ違った。

 今日はまだ挨拶をしていないので、一応挨拶をしてみる。


「おはよう」


「…」


 してみた結果、いつも通り無視をされてしまう。相変わらずの対応だが、それも仕方のないことだ。結衣は春人さんの娘さんで、俺にとっては突然出来た家族である。それは結衣にとっても同じことであり、年頃の結衣からすれば多少気まずい部分もあるのだろう。そのため、1年以上経過した今でも俺たち兄妹は仲良くなれずにいた。


「それじゃあ…行ってきます」


「ーーーーうん…いってら」


 小さな声で、結衣がそう呟いた。


(結衣が挨拶を返すなんて…)


 なんで返してくれたのか不思議思ったが、それと同時に少し嬉しさも感じつつ、俺は家を後にした。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 少し重めなのは一旦ここまでです。次からはちゃんとラブコメしたいと思います。頑張ります。


 コメントにて、何でも良いのでご意見していただけたら嬉しいです。参考にします。


 よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る