第21話 爽やかな髪型
西宮美優
日曜日。今日は冬夜とお出かけをする約束をしていて、埼玉県内にある日本最大の大型ショッピングモールで待ち合わせをしている。
場所は私が指定をしたので、冬夜はそこがどれほど広い場所なのか知らないらしい。正確な広さは私も知らないけど、総店舗数が700店舗以上もあるので、1日で全部を回りきれないほど大きなショッピングモールだ。
待ち合わせをしているショッピングモールの最寄り駅に着くと、スマホを片手に壁に寄りかかっている冬夜が見えた。
(あ…服の色、少し似てるかも)
冬夜の服装を見てから自分の服装を確認すると、なんだか色合いが少し似ている気がした。今日の私は、乳白色のノースリーブワンピースにスカイブルーのカーディガンを羽織っている。
「お待たせ」
近くに行っても一向に気が付かないので、私から冬夜に声を掛けた。しかし冬夜は、私が西宮美優だとわからない様子である。
「えぇっと…」
「私、西宮美優だけど…どう? 変装はうまくいってる?」
冬夜が気が付かないのも無理はない。私は今、トレードマークの金髪を封印し、ボブカットほどの黒いウィッグを付けている。これなら、私が冬夜の隣を歩いても問題はないはずだ。
「マジか…ごめん、全然気が付かなかった」
「いや、気が付かれると意味ないから。そこまで期待してないし」
実をいうと、冬夜には少しでも良いから気が付いて欲しかった。でも、今それを言っても仕方がないことは分かっている。気付いてもらえるよう、努力すれば良いだけなのだ。
「どうして変装してるの?」
「学校で噂されたら冬夜が嫌がると思って」
お出かけに誘ったのは良いものの、私は冬夜のことをあまり知らない。そこで頼ったのが、冬夜の親友である日村さんだった。
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『へぇ、西宮がまめとデートするのか。意外だな』
『いや…デートとかじゃなくて』
『それなら、変装とかしたほうがいいかもしれん。まめは目立つの嫌いだしな』
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LINEで日村さんからアドバイスをもらい、言われた通りに変装をした。変に誤解されても嫌なので、そのことを冬夜に伝える。すると冬夜は、「まぁ確かに目立つのは嫌だけど…あんまり変わってないような…」と呟いていた。私はその意味を測りかねたので、「どうして?」と訪ねてみる。
「どうしてって…。だって…結局変装しても西宮は西宮だから、美人と歩いてる事実は変わらないだろ?」
私はその答えを聞いて少し…いや、かなり後悔をした。多分、今の私はすごく顔が赤くなっていると思う。
「はぁ…行くよ、冬夜。時間になっちゃう」
そう言って私は、冬夜の手をとり美容室へと向かった。
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『日村さん、冬夜ってどんな趣味があるの?』
『ん? まぁ趣味とかは…特に無いな。でもここ最近、髪切りたいとか呟いてたぞ』
『ふーん、そうなんだ。ありがとう』
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「西宮…本当にいいの?」
「お礼くらいちゃんと受け取りなさいよ。男でしょ?」
今日一日でやりたいことは、一通り私の中で決めている。そして今は、やりたいことの一つを達成する為に美容室へ訪れていた。
「そりゃあまぁ、そろそろ切りどきかなとは思ってたんだけど…」
「なら良いじゃん。切るときは全部美容師さんにお任せしてね。あと…お金なら心配しないで、私が出すから」
「いや、それは俺が払う」
私の想定通り、冬夜は自分で払うと言ってきた。冬夜ならそう言うと思い、既にネットで予約を取ってお金も支払っている。そのことを冬夜に伝えると、普段はあまり見せない驚いた表情をしていて、少し可愛かった。
「まさかそこまでしてくれているとは……ありがとう。でも俺が切ってる間、西宮は何するの? ぶっちゃけそっちの方が心配というか、待たせるのは申し訳ないというか…」
「それなら大丈夫だから。私個人的に買いたいものがあるの。冬夜に付き合わせるの悪いし、切ってる間に買ってきちゃうから。もし早く終わったら連絡してね」
「…そっか。了解した」
冬夜の返事を聞いて、私はスマホのメモアプリを開く。冬夜に一旦別れを告げ、次にやることを確認してから移動を開始した。
矢島冬夜
西宮と別れてから約1時間が経過した。無事にカットが終わり鏡を見ると、目の前には爽やかな髪型をした俺が映っている。
目に掛かっていた前髪は短くなり、毛先が眉毛の少し上くらいになっていた。毛量を落としてくれたのでもっさり感は無く、すごくさっぱりとした印象を受ける。
やはり流石と言うべきか、美容師の方がセットをしてくれたので全体的にバランスが良い。その上、セット方法を教えてくれたので家でも実践できる。ありがたいことだ。
「今日はありがとうございました」
満足した俺は、担当してくれた
カットが終わり、俺は一度時間を確認する為にスマホを取り出した。
気が付くとニヤニヤした佐々木さんが横に立っていて、何故か「君はすごく愛されてるなぁ」と言っている。
「確かに切ったのは僕だけど、感謝をするなら彼女さんにしてあげなよ? 今日はほとんど彼女さんの言う通りに切ったからね」
「え?」
俺はどういう意味かわからず、思わず聞き返してしまった。
「彼女さんね…ネットで予約してくれたんだけど、その後このお店に直接来たんだよね。凄く熱心な様子で君の髪型について話してたよ。そりゃあ僕だってプロだし、色々アドバイスしてあげたんだけど、それでも…その髪型は彼女さんが選んだんだよ?」
「えっ、西宮が…ですか?」
「うん、すごく愛されてて羨ましいよ。ああそれと、これあげる」
佐々木さんに手渡されたのは、2枚のクーポン券だった。そこには「Berry farm cafe デザート無料券」と書かれている。
「これは…」
「それ、僕の妹が働いてるお店ね。いちごを専門的に扱っているカフェなんだって。良ければ2人で行ってきなよ」
「そんな、頂けないですよ」
「いいからいいから。君のそれ、凄く似合ってるし。あと、彼女さんへの労いも込めて…ね?」
そこまで言われてしまうと、受け取らないわけにはいかない。俺は佐々木さんに「ありがとうございます」と伝え、クーポン券を受け取った。
「それじゃあまた、暇な時に来てね」
「はい、ありがとうございました」
俺はお世話になった佐々木さんに何度もお礼を伝え、美容室を後にする。
(西宮、何処にいるのかな…)
美容室を出ても西宮の姿は見当たらなかった。俺はもう一度スマホを取り出し、LINEで西宮に電話をかける。
西宮は呼び出し音を昔流行った名曲にしており、懐かしさを感じるサビが耳元で流れていた。曲を聴きつつ待っていると、西宮が慌てた様子で電話に出た。
「え、冬夜? も、もう終わったの?」
「うん、今終わった。西宮は今何してるの?」
「えーっと…」
電話越しの西宮は何だか少し様子がおかしかった。西宮について深くは知らないので表現は難しいが、別れる前の余裕が今は感じられない。
「何かあった?」
「ううん、何でもない。…今からそっちに行くから、ちょっと待ってて」
「…うん。わかった」
様子がおかしいと思ったが、西宮が特に何も言わないので気にしないことにする。俺は一息つくために、近くのソファに腰を下ろして西宮を待つことにした。
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