第4話 街灯の下で

『やじさん、気をつけて行って来てね』


 裕樹にそう言われて旅館を抜け出した冬夜は、街灯の心許ない灯りを頼りに、夜の京都を歩いていた。

 昼の間に温められたアスファルトや空気が、夜の京都を蒸し暑くしている。時たま吹く風は生温く、全身に纏わり付く感覚が、冬夜は好きになれなかった。


(まさか、ジャンケンに負けて買い出しを頼まれるとは…)


 2日目の夜、実行委員のミーティングが終わると、クラスの男子全員が冬夜のことを待っていた。

 そして、よくわからないままジャンケンをさせられ、気がつけば負けていたのだ。


 冬夜たちが泊まっている旅館は、少し街を外れたところにあるひっそりとした旅館である。

 静かで良い場所だが、買い出しに行くとなると近くのコンビニまでが少々遠い。

 多分2キロ以上はあるのではないだろうか。


 おまけに少し下り坂になっているので、帰りが大変だということは目に見えている。


 そして実を言うと、実行委員の仕事はまだまだ残っているのだ。それが今日中に終わるのか、冬夜には分からなかった。


(多分終わらないか。…ついてないな)


 流石の冬夜も、この時ばかりはそう思わずにはいられなかった。




「ありがとうございましたー」


 店員のやる気無い声が疲れている頭に響く。気のせいか、段々と耳鳴りがしているように感じていた。

 コンビニを出てから少し傾斜のある道を歩く。

 両手を飲み物やお菓子で塞がれており、多少道が坂になっているせいで歩き辛い。「こんなことなら裕樹について来て貰えばよかった」と、そんな風に思っていた。



 しばらく道なりに歩くと、街灯の下で1人佇んでいる人影が見えた。

 また少し歩いて、その人物がはっきりと確認できるようになる。それが西宮美優だということは、冬夜でさえすぐに分かった。


 美優のトレードマークと言える金髪は、街灯の光に照らされてキラキラと輝いている。その姿を見た冬夜は、一瞬だけ彼女の居る街灯の下がファッションショーのステージだと錯覚してしまった。それくらい、彼女の存在感が強かったのだ。


 よく見ると美優は裸足で、左手には履いていたと思われるヒール型のサンダル、右手には冬夜と同じコンビニで買ったのか、ビニール袋が握られている。


(女の子が夜遅くに1人でいるのは危ないだろ…)


 そう思った冬夜は、とりあえず美優に声をかけることにした。


「どうかしたのか?」


「へっ⁉︎ あ、はぁ…。ちょっと足を捻ったのよ」


 冬夜の予想に反して、美優の声は弱々しかった。

 声をかけてくれた人物が冬夜だと知った美優は、見るからに落胆している。それでも、助けてもらえないよりかはマシだと思っていた。


「何かあったの?」


「…鹿に、襲われた」


「そっか」


 冬夜は辺りを見渡して、どこか休める場所を探した。しかし、ここは街から外れた山の近くだ。近くのコンビニまで2キロも歩くような場所に、手軽に休める場所なんてあるわけがない。


「足はまだ痛むのか?」


「うん…。歩けるとは思うけど、流石に坂道はきついかも」


「そっか」


 冬夜は彼女をおんぶしようと考えたが、両手が荷物で塞がっているため、あまり現実的ではなかった。


(そういえば…)


 そこでふと、冬夜はコンビニに公衆電話があったことを思い出す。


(戻ってタクシーを呼べば良いのか)


 幸いなことに、冬夜はタクシー会社の電話番号ならしっかりと記憶していた。一昨日と昨日、嫌と言うほど連絡を取り合ったからだ。


「西宮、俺の荷物少し預かってくれるか?」


「…なんで?」


「コンビニまで戻ってタクシー呼んでくるから」


「え、ちょっと待っ…」


 冬夜はそう言い残して、下り坂をダッシュで駆け抜けて行く。

 美優が何か言いかけたが、冬夜の耳には届いていなかった。






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