第3話 嘘
「美優ぅー。まだぁー?」
「今行くー」
美優はそう答えて荷物をまとめると、班のみんなが乗るタクシーへと乗り込んだ。
基本的に移動時間は暇だが、女子高生には関係の無いことだった。その証拠に、タクシーの中はたわいもない話で盛り上がっている。
「でも災難だったねー美優。まさか実行委員になるとは」
そう言ったのは美優の親友、
言動はギャルっぽいが、見た目は清楚系だ。メイクは薄く、派手な物を一切身につけていない。ただ、化粧をしなくても綺麗な顔をしているので、美優と同じくクラスでも異様に目立っていた。
恵美の言葉に、美優は「マジでそれ」と返した。
なぜ実行委員があんなに仕事をしなければいけないのか、美優には全くもって理解できなかったのだ。
「しかもあれでしょ、矢島冬夜とやってるんでしょ?」
「うん、あいつほんと働かないんだけど。ミーティングは私に任せて、自分は雑務やってるし」
「で、でも…雑務も大変なんじゃないの?」
「知らない。でも、矢島が進んでやってんだし、楽なんじゃないの?」
「そ、…そうには見えなかったけどなぁ」
正直、美優は実行委員の仕事が何なのか、あまり把握できていなかった。
美優たちがやっていた事と言えば、放課後、最終下校時刻ギリギリまで残らされて、話し合いをしたり打ち合わせをしたりする。ただそれだけだ。
でも、美優や他の実行委員からすれば、それは部活や友人との大切な時間を削る行為であり、あまり気分の良いものではない。
そんな中、ミーティングに出ていない冬夜を、心良く思っていないのは、決して美優だけではなかった。
(ああ…、矢島、マジでムカつく)
それが美優の本心だった。
「でも良いじゃん。そいつのおかげで今は楽できてんだし」
「まぁね」
「そんなことよりさ、うち髪の毛切ろうか迷ってんだよね。短い方が似合うと思う?」
「うーん、どうだろう」
恵美の話に、美優は適当に相槌を打つ。冬夜が修学旅行を楽しめなくたって、美優からすればどうでも良いことだ。
むしろ、「ざまぁ見ろ」とさえ思っている。
(あんな奴ことで楽しい時間を無駄にしたくない)
そう思った美優は、話題を「これから食べるスイーツ」に切り替えた。
しかし、この時の美優は知らなかった。
この楽しい時間を過ごせているのは、紛れもなく矢島冬夜のおかげであるということを。
自由行動が終わって旅館に戻ると、美優は何故が担任の鈴木に呼ばれていた。ロビーで鈴木を見かけた美優は、恐る恐る声を掛ける。
(私、何かやらかした…?)
と、そう思っていたからだ。
「あの、どうしたんですか?」
「おお、西宮か。いやぁ〜、とりあえずお前には感謝をしたくてな」
鈴木は笑顔でそう言うと、美優にチョコレートのお菓子を差し出した。美優は訳もわからず、とりあえず差し出されたチョコレートを受け取る。しかし、美優には鈴木に感謝をされる覚えがなかった。なぜなら、修学旅行中の仕事は、全て冬夜に任せているからだ。
「私、何かしましたっけ?」
「何だよ。何かしたも何も、しおりの作成とか、タクシー会社との連絡とか、お前がやったんだろ? まさか、あの矢島がやる訳ないしな」
当然ながらそれらは、美優の身に覚えのないことだ。ただ、自分がそれらをやっていないと言えば、美優の評価は下がり、冬夜の評価が上がってしまう。
そう思ったら、美優は自然と「はい、私が全部やっておきました」と答えていた。
「やっぱりなぁー。ほんとに助かったよ。しおりの作成なんて、他クラスのやつに聞いたら全部2年1組の実行委員に任せてますっていうからよぉ。今回のしおりはかなり出来が良かったからな。いやぁ〜、西宮が実行委員で良かったよ」
余程気分がいいのか、鈴木は終始顔に笑みを浮かべている。美優は嘘をついた事に罪悪感を抱きつつも、その罪悪感を作り笑いで誤魔化していた。
鈴木はその後も散々と美優を褒めて、おまけにジュースも奢ってくれた。
(あいつが、しおりの作成?タクシー会社との連絡?…そんなことする訳ないでしょ)
この時の美優は、そう自分に言い聞かせていたのだった。
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