第2話 徹夜





 1日目の夜。


 冬夜は教師から借りたパソコンを使用して、2日目に行われる自由行動の行動表をまとめていた。


 自由行動では、クラスを5人で1班の計8班に分け、それぞれの班が自由に行きたい場所に行くことができる。

 当然歩いて巡ると時間がかかるので、自由行動の際にはタクシーを使用するのだ。

 そのため、実行委員はそれぞれの班が立てた計画をもとに行動表を作成し、それをタクシー会社に送る必要がある。


 あまり知られていないが、これがいわゆる『実行委員の面倒な仕事』なのだ。


 実のところ、冬夜は昨日の夜までに自分のクラスの分を終わらせている。


 タクシー会社との連絡係を任されていた冬夜は、それを提出するために他クラスの行動表を集めていた。そして、その時にまだ出来上がっていないクラスがあることを知ったのだ。

 タクシー会社に迷惑をかけるのは申し訳ない。そう感じた冬夜は、仕方なくその手伝いをしている。


「やじさん、大変そうだね。昨日も夜遅くまでやってたでしょ?大丈夫?」


 飲み物のラムネを片手に話しかけて来たのは、染野裕樹そめのゆうきという男子生徒だ。

 彼は冬夜が学校で気を許せる、数少ない親友の1人である。

 短髪で茶髪という、いかにもチャラそうな見た目だが、決してチャラいというわけではない。ただ、何を考えているのか分からない気分屋ではある。

 『誰とでも仲良く』をモットーとしているが、親友は冬夜を含めて2人しかいない。


 ちなみに、やじさんとは冬夜のあだ名で、苗字の「矢島」から、頭文字2つを取っているのだ。


「ま、ほぼ徹夜でやったわ」


「何でまたそんなに急ピッチでやるのかな。やじさんにしては計画性無さすぎなのでは?」


 裕樹の言うことは正しいが、こうなってしまったのには色々と訳があった。


「修学旅行前はしおりの作成に手こずってたからな。昨日の夜は自分のクラスの行動表まとめて、今は他クラスのやつやってる」


「えっ⁉︎ 仕事引き受けすぎじゃ無い? しおり作りだって、ほとんどやじさん1人でやってたじゃん。他の人たちは何をやってるの?」


(別にそんな驚くことでもないだろうに…)


 と、心底驚いている裕樹を見て、冬夜は不思議に思っていた。

 裕樹はそう言っていたが、実際は1人で全てをやったわけではない。裕樹も含めて、何人かはしおりの作成を手伝っていた。


「他のみんなは、実行委員のミーティングに出てたよ。スローガンとか、レクリエーションの出し物とか決めてた」


「それってどうなの? やじさん以外の全員でやることなのかな…。明らかにやじさん1人に皺寄せが行ってるんじゃ…」


「別に、1人でやった訳じゃないよ。表紙と挿絵のデザインとかは美術部の人が手伝ってくれたし、文章は新聞部の人が考えるのを手伝ってくれた。それに、裕樹も手伝ってくれたろ? あと、西宮がミーティングの仕事を引き受けてくれて助かったし。その分、俺が雑務を頑張らなきゃいけないんだよ」


 冬夜の言っていることは嘘ではない。紛れもない事実であり、冬夜の本心である。

 裕樹はその言葉を聞いて渋々納得していた。


「そっか…。やじさんがそう言うなら、僕は別に良いんだけどさ…」


「もうこの話はいいよ。それより明日は自由行動だぜ? 早く寝ろよ」


 不満そうに、口をとんがらせている裕樹を宥めつつも、冬夜は作業の手を緩めなかった。

 裕樹は手伝えない代わりに、冷蔵庫からもう一本ラムネを取り出して、冬夜に渡す。


「はい、これあげるよ。やじさん、あんまり無理しないでね」


「おう、わかった。ありがとな、裕樹」


 冬夜はラムネを受け取りながら返事をする。ただ、その目は裕樹ではなくパソコンの画面に向いていた。

 本人は自覚していないだろうが、メンタル的には相当追い込まれている。裕樹はそれに気付きながらも、手伝うかどうか、冬夜に聞くことは無かった。裕樹は「やじさんが自分のことを頼ってくれるまで待つ」と決めていたのだ。


 裕樹は心配しながらも、「おやすみ」と言って居間から出ていく。それに返事をした冬夜は、一度大きな伸びをすると、またパソコンに向き合って作業を始めた。



 そうして1時間が経ったが、一向に終わる気配はない。冬夜の集中力はすでに限界を迎えている。


 もう時計は24時を過ぎており、いつもは気にならない眼鏡の重みが、今は鬱陶しく感じていた。


「これはまた、徹夜コースだな…」


 冬夜の独り言は、静まり返った部屋に淡々と響くだけだった。

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