修学旅行の夜、始まりは街灯の下で(仮)

かさた

修学旅行編

第1話 修学旅行


 汗ばむ季節と言えば、真っ先に夏を思い浮かべる。それなら京都と言えば、一体何を思い浮かべるのが正解なのだろう。

 京都へ向かうバスの中、冬夜はふとそんなことを考えていた。


 季節は高校2年生の夏。冬夜は今、修学旅行で京都に訪れている。


矢島冬夜やじまとうや


「はい」


 埼玉から京都までの長旅を終えた冬夜たちは、旅館のロビーに集合していた。冬夜の担任である鈴木が、点呼を取ってから注意事項等の連絡をしている。鈴木はいかにも体育会系で、冬夜はあの雰囲気が好きではない。

 出席番号は冬夜が最後だ。今日の予定は奈良へ行き、奈良公園の見学が主である。


 今日から3泊4日の修学旅行が始まる。周りを見れば浮かれている生徒が多く居る中、冬夜に浮き足立った様子はなく、ただただ時間が経過するのを待つだけだった。

 冬夜は人と関わることがあまり好きじゃない。距離感の詰め方が下手なので、大抵の人間とは上手くいかないからだ。


「それじゃあ出発するから、全員必要な荷物を持ってバスに乗るように。実行委員は前に出て来て、みんなに座席を教えてあげてくれ」


 学年主任の田中先生がそう言うと、2年1組から順番にバスに乗って行く。

 なかなか列が進まず「何をしているのだろう」と思っていると、大きな声で叫ぶ鈴木の声が聞こえた。


「おいおい2年1組、男子の実行委員はどうしたー?」


「矢島、お前だろ」


 誰かにそう言われて、不意に背中を押される。


(ああ…そうだった。実行委員が先導するんだよな…)


 冬夜は慌てて担任の元へ行く。

 そこには、彼に対して冷たい視線を送っている女子の実行委員がいるのだった。





「あんた、実行委員とかやって本当に大丈夫なの?忘れるとかありえなさすぎじゃない?」


 奈良公園へ向かうバスの中、隣の席の女子が冬夜に言った。彼女の名前は西宮美優にしみやみゆ。もう1人の実行委員だ。


 クラスの中で近寄る人は少ないものの、大抵の男子は遠目で彼女を見ている。それほど、美優の外見は整っていた。

 顔立ちもさることながら、彼女が周りの目を引く1番の理由は何と言っても髪色だろう。彼女の金髪は透き通っていて、良い意味で日本人離れしている。

 そんな美優のことが、冬夜は少し苦手だった。少し茶色っぽい大きな瞳で睨まれると、否が応でも母親のことを思い出してしまう。


「ああ…悪い」


 言い方はキツいが、美優の言っていることは間違っていない。あれは完全に冬夜が悪いので、とりあえず謝る。


「悪いって…、そう思うならもっと働いてよ。私だってやりたくないんだからさ」


 冬夜への当たりは少しずつ強くなっていく。しかし、彼女がそうなってしまうのにも、それなりの理由があった。

 それは、修学旅行の実行委員はとにかく大変だからだ。修学旅行中に毎日ミーティングがあったり、しおりの作成など、とにかく雑務が多い。そのため、楽しみたい人には向いておらず、大半の人はやりたがらないのだ。


 冬夜はその役目を押し付けられた身で、美優は運悪くジャンケンで負けた身である。


「…わかった。これからの雑務とかミーティングへの出席は俺がやるから、あとは任せてくれれば良いよ」


(西宮は修学旅行を楽しみたいんだろう。だったら、特に何とも思っていない俺がやった方が良い)


 冬夜は当然やりたくなかったが、そう思うようにした。そうでないと、やらなきゃいけない理由が見つからないからだ。



 彼女も冬夜の返答に満足したらしく、そこからはお互いに何か言うこともなかった。



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