第9話

 体育祭が終わるとすぐに文化祭の準備が始まり、生徒会は休む暇もなくフル回転だった。準備の段階では各クラスの企画をサポートするのが主な役割だ。文化祭は、伝統のノウハウがあるので、仕事をかなり有機的に進めることができる。クラスの代表者が持ってきたプランをもとに、生徒会のメンバーが各自担当になって、会議を重ねながらプランを練りこんでいく。他校の文化祭では、この企画がクラスに一任されているので、出し物の出来、不出来に差が出てしまうことも多いと思う。生徒会の意見をいれることで、全体のクオリティの底上げを図っている。まあ、小さい学校だからできることだ。練り上げられたプランが、各クラスに差し戻されて、またクラスレベルで会議が持たれるという念の入りようだ。よい企画ができれば、その後の作業にも熱が入る。

 会議の結果、3年生は粉ものの屋台街をつくることになった。これは二瓶さんの思惑通りだ。たこ焼きとお好み焼き屋に絞って、各グループが味にしのぎを削る。設備は町内会から借りてくるので、本格的なものができるはずだ。もっとも人気が高かった屋台には、賞品も出ることになった。

 2年生は舞台。タイトルは「ウサギと亀」宇佐美さんが主演するのだという。亀はなんと亀田さんが特別出演する。初めは冗談だった企画が、宇佐美さんが乗り気になったことで一気に話が進んだ。宇佐美さんはこの町では割と有名人だ。耳をつけて登校しているので、目立つなというほうがおかしい。亀田さんは昔、町内会長とかもやっていたので人脈が広い。かなりの動員が見込めるはずだ。文化祭2日間で5公演もやるというので本格的だ。うちの学校には演劇部はないけれど、脚本で賞をとったことのある2年生がいて、彼が大胆な演出をするのだという。楽しみだ。

 1年生は特に出し物はない。小さな学校なので、3年と2年の出し物に加えて、部活動の展示を考えると手一杯なのだ。伝統的に1年生はサポートに回ってもらうのだけれど、これでノウハウが身につくし、学年間の交流が深まる。量より質で毎年勝負している。

 大変なのが会計の仕事で、予算を承認したあとに、買い物まで付き合ったりする。殿村君と宇佐美さんはエクセルが使えるので、去年に比べて事務作業が大幅に圧縮された。さらに資材の購入などは宇佐美さんが窓口になって一元管理し、ネットを通じてほとんどのものを手に入れた。生徒会室がアマゾンの空き箱でいっぱいになった。買い物の手間がはぶけて、驚くほど作業が速く進んだ。もっと早くIT化すればよかった。サエコがどこで手に入れたのか、店舗業務用の通販カタログを持ってきたのも大きかった。ものによっては作るより買ってしまうほうが安いし早い。屋台の飾りつけや、食べ物のトレイ、事務用品などなど、プロ用の既製品をつかうことで、見た目のクオリティも上がった。考えてみると、封建的なこの地域に、エキセントリックな転校生を迎えることで、毎年技術革新が起きている気がする。

 屋台街が思いのほか早く完成のめどが付き、しかも文化祭とは思えない見た目のクオリティの高さで、あとは食べ物の味に時間をかけるだけになった。生徒会の仕事も一段落がついて、2年生は舞台の練習にかかりきりになった。二瓶さんとサエコは、毎日鬼のようにたこ焼きとお好み焼きを作り、試食係の僕は死にそうになった。粉ものはかなり好きだけれど、もう少しで嫌いになるところだった。ソースの匂いをかぐだけでも気持ちが悪くなり、実験作の「チョコレートたこ焼き」がおいしく感じたほどだ。

 みんなが忙しくしているのを尻目に、僕はあいかわらず老人ホームにかよって勉強をした。逃げ出して勉強をしているという状況が新鮮で、いつもよりさらにはかどった。亀田さんは学校に出張して舞台の練習をしているので、老人ホームはいつも以上に静かだった。文化祭当日に学校にこれない方もたくさんいるので、おみやげに粉ものをもってきたが、ご老人にはあまり口に合わないようだった。そのことを二瓶さんに伝えたら、さっそく老人向けのメニューを考えるという。僕1人で試食するのが限界だったのもあるけれど、老人ホームのスタッフの方にも食べてもらって、かなりデータを集めることができた。うさぎさんはどうしたの、とおばあさんに聞かれた。そのことを宇佐美さんに伝えたら、嬉しそうだった。文化祭のあとで、老人ホームでも劇をやれたらという話になった。これは実現するだろう。

 毎年、文化祭の前日は多忙を極めるのに、今年はすべて準備が終わっていた。効率よく、無駄に時間をかけなかったので、3年生は受験勉強ともうまく両立できたみたいだ。

 会長とサエコ、そして僕で最終的なチェックをしながら校内を歩いた。外はもう真っ暗になっている。

「こうやって、準備が終わっちゃうと、ちょっとさびしい感じもするね」とサエコが二瓶さんに言った。

「サエコは人一倍働いてくれたから、名残惜しい感じがするのよ。きっと」

「これだけ準備しても二日で終わっちゃうからな。中学最後の文化祭だし、まあやりきったよ」と僕は言った。

「達也はあんまり働いてないでしょ。本番で取り返しなさいよ」とサエコが言った。

「おまえ俺がどれだけたこ焼き食べたと思ってるんだよ。女子は太るとか言って、ぜんぜん食べなかったよな」

「殿村君、意外に少食だったよね」と二瓶さんが笑って言った。

 殿村君は下級生として、断ることができないので、ものすごく苦しそうに粉ものを食べていた。

「それにしても、二瓶さんの指揮がみごとだったわ。ホント、あなたにはかなわないわ」とサエコが言った。

「だよな、器が違うよ。サエコとは」

「あんたと一緒にしないでよね!」

 サエコが得意の蹴りを食らわせようと迫ってくる。

「ちょっと! 明日があるんだから、エネルギー残しておいてね」と二瓶さんがあわてて言った。「みんなの熱気がすごかったから、わたしも張り切ったわよ。面白かったね」

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