第8話

 例年、体育祭は盛り上がらない。これはいかんともしがたい所で、文化祭と比べて生徒のやる気がほとんどない。

「体育祭の憂鬱な気持ちは、いったいどこから来ると思う?」と二瓶さんが、役員の顔を見回して言った。

「別に憂鬱にはならないけど、まあ嫌がっている人多いよね」とサエコが言った。

「サエコは無神経だから、気にならないだろうけど」と僕は言った。「大勢に自分の走ってる姿を見られると思うだけで、普通は胃が痛くなるんだよ」

 サエコから消しゴムが飛んできた。

「わたしも、割と苦手です。走るの遅いですし」と酒巻さんが遠慮がちに言った。

「体育祭の日を待っている時間が苦痛なんですよね。当日になってしまえば、腹も決まるんですが」と殿が言った。

「バスケの大きな試合とかを控えると、食欲が無くなったりしますから、よく分かります」

「意外ね。殿村君なら、試合の前の日でも堂々としてそうだけど」とサエコが笑って言った。

「殿村君は繊細なんだよ。誰かさんとは違って」と僕は言わなくてもいいことを言う。また消しゴムが飛んできた。

「そうよね、当日の自分の姿を想像するから、緊張してしまうと思うの」と二瓶さんが言った。「だからちょっと変えてみたらどうかな」

「でも、体育祭で変えるところなんてある?」とサエコが眉間にしわを寄せて言った。

「全部自由参加にするとか。そしたら楽だなあ」と僕は言う。

「あんた馬鹿? そしたら誰も参加しないわよ」

 それも、もっともだが。

「みんなが参加したいような、新しい種目を考えたらどうですか」

 宇佐美さんが、パソコンの手を止めて言った。

「そうしたら少し体育祭も楽しくなりそうですね!」

 酒巻さんがうれしそうに言う。

「でも、体育祭のプログラムを変えるとなると、体育の先生と交渉しなければならないですよ」と殿村君が苦笑いをして言った。

 うちの中学はとても自由な校風だが、例外なく体育教師の頭は固い。

「それはしんどいよ。無理だよ」と僕は言った。すごく面倒くさそうだ。

「無理でもやるのよ!」と言って、サエコが消しゴムを投げてきた。いったいいくつ消しゴムを持ってるんだ。 

 実際、この改革を体育の先生に納得させるのがものすごく大変だった。二瓶さんの論理、サエコの怒り。殿村君のコネ、酒巻さんの熱情。うさぴょんの計算、僕の懐柔。生徒会の全力が発揮された結果、体育祭のシステムを変えることに成功した。これは表に出てこない大きな功績だったと思う。

 二瓶さんは、先生を説得する段階で、「先生方の負担は大きくなりますが、生徒の為に」とか、「モデル校ならではの実験的試み」というセリフを繰り返し使っていた。体育の先生方はだいたい頭が固いのだけれど、次第に話を聞く姿勢になった。時間はかかったけれど一旦納得したら、生徒会に全面的に協力してくれた。

 生徒会が言うよりも、先生が言うほうがインパクトがある。なにしろ頭が固いので評判の体育の先生方だ。「今年の体育祭は、みんなが楽しめるように、生徒会と協力して考えてみたので、どうかよろしく」と朝礼で言っただけで、かなりの好感触だった。生徒のアイディアも募集したところ、面白いものがたくさん集まった。

 パンくい競争をやりたいという意見がとても多かった。イメージにはあるけれど、ほとんどの生徒がやったことが無い。全員参加にすることにした。当日は全校生徒二百人分のパンを用意した。欲しいパンを探してみんなが楽しそうに走りまわった。借り物競争も人気。生徒の意見を採用して、借り物ではなくて借り人にした。札は「好きな人に似ている人」とか、「前世でライバルだった人」などかなり凝っていて、会場が爆笑につつまれた。徒競走はやりたくないという意見が多かった。体育の先生が渋い顔をしていたが、やらないことにした。他にも不人気の競技がたくさん中止になった。先生が最後までねばったけれど、組体操もやらないことになった。一方で、最も廃止の希望があったマラソンは自由参加でやることにした。

 体育祭は終始和やかにすすんで、最後にマラソンがあった。当初は参加人数が少ないだろうと思われていたけれど、楽しかった体育祭の名残を惜しむかのようにたくさんの生徒が参加した。大きな都市マラソンみたいに、スタートの合図があってから、全体が動き出すまでに時間差があった。みんなが嫌っていたマラソン競技とは思えない盛況ぶりだった。最後のランナーが拍手に包まれてゴールインしたときには、時間が押しに押して、もう空が暗くなってきていた。夕暮れのなかで、みんなの白い歯が光っているように見えた。

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