第7話

 次の日は朝食を食べたあと、おじさんの車で大阪を観光した。おじさんの娘の高校生のいとこも来て、女子連中と話が弾んでいた。双子が今度は敬語をつかっているのが笑えた。おじさんをなんだと思っているのだろう。おじさんは綿密に計画を練ってくれていて、おいしい粉物を食べさせてもらい、売れていない芸人さんのショーをかぶりつきで見せてもらったりと充実の大阪見物だった。

 昼過ぎに、電車で広島に向かうために大阪駅に車を止めてもらった。幽霊が、たこ焼きのキーホールダーを買い忘れたと言って騒ぎ出した。駅の売店でも似たようなものが売っていたが、こんなに安っぽいものではないのだという。めんどうくさいなあ。おじさんが見つけたら買って送ってくれるという。ほんと申し訳ない。おじさんの娘さんの携帯に、たこ焼きのストラップが付いていて、実は幽霊はそれが欲しかったらしい。さんざんごねたあとにそれが判明した。すぐに娘さんはストラップを幽霊にプレゼントしてくれた。ほんと申し訳ない。でも大阪人には、このひねくれものの東京人がつぼにはまったらしく、爆笑していたので救われた。東京の人はおもろいな~と言われたが、幽霊が東京の代表ということは決してない。

 ゴキブリの恐怖で昨夜あまり眠れなかったらしく、広島までの電車では、女子がおしゃべりもせずにほとんど眠っていてくれた。天国のゴキブリに感謝したい。モリモリは念願の阪神ショップに連れて行ってもらって、大満足のようでよかった。哲学は大人しく歴史小説を読んでいる。いや、哲学はもともと問題児ではないだろう。友達がいないというだけで。それはそれで問題か。しかし彼は、歴史の話でおじさんの娘と盛り上がっていたので、悔いはないだろう。目がきらきらしていた。

 気が緩んだのか、僕は広島駅を寝過ごすところだったが、電車では決して眠れない神経質な哲学が僕を起こしてくれた。広島駅からホテルに直行したので、集合時間には余裕で間に合った。例によって遅刻する班が続出していたが、それはみんな神戸に寄っていて、スケジュールがタイトだったからだ。僕は神戸に寄ることができるという事実さえ、班のメンバーに告げていない。幽霊がどこで聞いたのか、神戸の中華街に行きたいと事前に言っていて、僕も少し心動かされたが、たこ焼きストラップの件から言っても、行程を複雑にしなくてよかったと思う。

 公立の中学なのに、なにを間違ったのか広島の宿は高級ホテルだった。これならゴキブリの心配もない。夕飯はすき焼き食べ放題という内容で、予算は大丈夫かよと思ったが、案の定卵はひとり一個までと言う内容で、学校側も無理してくれてるなと思った。高層ビルからの広島の眺めが素晴らしくて酒がすすんだ。まずいことに半田は、大阪駅で銘酒を仕込んでいて、飲みなれない僕でもうまいと思った。半田はこれでこづかいが無くなったと言った。豪気な金の使い方をする。

 修学旅行最終日は、原爆ドームに行った。これは半強制的にスケジュールに組み込まれているけれど、あえて行かない班もあった。二瓶さんの班がそれで、お好み焼きを食べつくして文化祭に反映させるのだと言う。さすがだ。もう先のことを考えている。もちろん僕は、原爆ドームは強制参加だとメンバーに伝えてある。よく見れば来ていない班もあるのだけれど、嘘がまったくばれない。大人しく原爆ドームを見て、被爆者の語り部の方の公演を聞いている。やはり必要な嘘というのもあるのだと思った。ばれなければ嘘にもならないなと、悪い考えまで浮かんだ。

 調べておいたお好み焼き屋で昼食をとった。その後、午後2時広島駅集合で、帰りはすべての班がいっしょに東京まで帰る。僕の仕事は終わった。新幹線からの景色がことさら美しく見えて、それはやりとげた満足感があるからだと思った。まるで素晴らしい映画のエンドロールを見ているように、余韻を楽しんだ。

 東京駅で解散になった。このまま銀座とかで夕食を食べる班もあるようだが、さすがにもう面倒見切れない。家に帰るまでが遠足だけれど、問題児は各自がんばって家に帰って欲しい。先生が解散と言ったあと、双子が最初にありがとうと言ったのには驚いた。班長のおかげで楽しかったと。涙が出そうになった。続けざまに問題児たちが、僕に感謝の言葉をかけてくれる。少しさびしくなるほどだった。


 修学旅行のお土産を持って老人ホームに行くと、うさぴょんが亀田さんと将棋をしていた。うさぴょんはうさ耳をつけていた。老人ホームでは耳をつけることにしているらしい。彼女なりのルールがあるみたいだ。相変わらず亀田さんが負けているようで、亀田さんは泣きそうな顔をしながら、でも楽しそうだった。

「宇佐美さん。お年寄りには優しくしなきゃダメだよ」と僕は言った。

「手を抜いたら亀田さん怒るんですよ。わたしも手加減の仕方が分からないし」と宇佐美さんが困った顔をして言った。

「そうなんだよ。手加減が本当に下手なんだ、うさぎさんは。早川ちゃん助けてくれ」と亀田さんがおどけて言った。

 僕は笑いながらみんなに、たこ焼き煎餅なるものを配った。我ながらひどいチョイスだけれど、お土産を選んでいる暇がほとんどなかったのでしょうがない。配り終わると僕は勉強道具を広げて、英語の単語の暗記を始めた。もう自分が自分じゃないみたいだ。老人ホームに来たら自動的に勉強をするようになった。一応ボランティアという形でホームに来ているので、他の事をしたら失礼な感じがする。でも勉強ならば許される感じがするのだ。「遊ぶわけにはいかないが退屈で、勉強するしかない」という限定された条件が奇跡的に発動している。その日は最後に亀田さんと一局将棋を指して、きっちり負けた。

 ホームの玄関を出たら、うさぴょんが耳をはずした。僕の視線に気が付いて、宇佐美さんが少し恥ずかしそうにする。こんな表情、以前だったら考えられない。

「そういや俺、宇佐美さんにあだ名をつけてたんだよ、うさぴょんって。もう使えなくなるかな」

「でもわたし、宇佐美さんって言われるより、うさぴょんのほうがいいです」

「そうか。じゃあ使おうかな。いや、言ってるこっちが恥ずかしいから無理」

 なんでですか! と言ってうさぴょんがグーでパンチしてきた。それが痛いほどの強さで、宇佐美さんは本気で生きているなと思った。ちょっとエキセントリック過ぎるけど。

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