第6話

 修学旅行当日。双子は遅刻の常習犯なので、他のメンバーは半田に任せて、僕は双子の家に迎えにいった。他の班は時間を有効に使うために、早朝に集合して出発していたが、思い切って僕は集合時間を午前十時にした。双子以外のメンバーもだいたい夜型なので、そのほうが間違いがない。しかし僕が双子の家に行くと、衝撃の事実が判明した。双子は家にいなかった。すげーゴージャスなお母様がゆっくり話したところによると、2人は普通に登校したという。普通にじゃない! 今日は修学旅行なんですよと、笑顔でお母様に告げて、僕は学校に急行した。ツインズは空っぽの教室でおしゃべりしていた。そして肩で息をしている僕の顔を不思議そうに見つめた。ここで怒っても意味がない。

 幸いなことに、2人とも修学旅行の存在は認識していたので、荷物はちゃんと持っていた。早くしろ! と言いたいのを我慢して、2人をやさしく上野駅まで引っ張っていった。平日の昼間なので予定通り新幹線はすいていた。双子が笑顔で駅弁を食べているのを見たら、俺やったなと思って喜びが沸いてきた。しかしまだ始まったばかりだった。

 京都は二条城と清水寺に行った。幽霊が京都限定のイチゴガムをお姉さんに買うのだといって、ふらふらとどこかに消えかけたが、僕はすんでのところで捕まえて、いっしょにイチゴガムを探した。結局見つからなかったが、半田がネットで探してくれるということでなんとか幽霊は納得してくれた。哲学が歴史に詳しくて、頼んでもいないのにガイドをしてくれて、それがなかなか面白かった。聞いているのはたぶん僕だけだったが。

 大阪で泊まりなので、京都から大阪は車で向かった。大阪に住んでいる親戚のおじさんに頼んで、ワゴン車で送ってもらった。清水寺から大阪のホテルまで直行してもらったので、かなり手間が省けた。ちなみにおじさんには、次の日に大阪を案内してもらうことになっている。本当の大阪を、東京の若者に見せてやると言って、張り切って有給休暇をとってくれた。ありがたすぎる。しかしありがたいと思っているのが、たぶん僕だけなのが笑える。双子なんてほとんど貴賓のような感じの振舞いで、敬語も使わずに質問をしたりするので冷や汗をかいた。まあ双子は美人なので、おじさんはうれしそうに受け答えしていたからいいだろう。金持ちは他人をセバスチャン化する。しかも使用人は、役に立てて嬉しいと感じてしまうのが恐ろしい。

 ホテルに午後6時集合だったが、他の班がほとんど遅刻をしていた。僕の面目躍如といったところだ。問題児もやれば出来るのだ。誰も祝ってくれないが、僕らがホテルに6時ジャストに入ったときに、教頭先生がありえないという顔をしてくれたので満足だ。他の班では問題も起きていて、道に迷ったり、人がはぐれたりしていた。うちの学校は大人しい人が多いので、ケンカを売られても誰も買わない。ただ、その優等生面が気に障るのか、半分以上の班が他校の修学旅行生、もしくは地元の学生に絡まれたようだ。その点僕の班は問題ない。モリモリは百八十センチ、百二十キロの巨漢で、触ったらやけどしそうな感じだし、双子は目立つし、幽霊はモデルさんみたいだし、哲学はなにかいつもつぶやいているし、まあ怖くて普通の人間は近寄れないだろう。こう並べてみると、奇跡のメンバーという感じもして誇らしい。なにが奇跡なのかはよく分からないけれど、混ぜるな危険! という感じがする。最強の6班だ。

 一日目は何事もなく終わった。と思ったら、双子から電話があって、部屋にゴキブリが出たという。出たからどうしたと言いたいところだが、まあ使用人だからしょうがない。ただし、女子部屋と男子の部屋は遠くに設定されていて、先生の監視の目をくぐるのが難しい。しょうがないので、長風呂という設定を半田に伝えて、先生の巡回を回避してもらうことにした。

 6班女子の部屋をノックすると、双子のたぶん妹? が待っていたとばかりにドアを開け、早く処理して欲しいという。冷蔵庫の下にゴキブリがいると言う。モデルさんが風呂上りで、半分下着みたいな格好をしていてあせった。こいつは自意識過剰なはずなのに、僕の登場を気にもしていないようで、なにを考えているのかまったく分からない。冷蔵庫の下を探ったら、ゴキブリが二匹飛び出してきて、双子と幽霊が悲鳴を上げた。ゴキブリが飛んだりして、悲鳴が止まらない。修羅場だ。その声を聞きつけてサエコと先生がきてしまった。最悪だ。

「あんたなにしてんのよ!」とサエコが言った。

「いや、違う違う。ほら、壁に立派なインセクト」と言って僕は壁を指差した。

 なにが違う違うなのか、自分でもよく分からないが、かなりあせった。サエコは壁の黒い生物を見て一瞬たじろいだものの、

「早くなんとかしてあげなさいよ」と一喝して、部屋を出て行った。さすがサエコ。肝が据わっている。

 先生も、サエコの勢いに押されて、

「悪いけど早川君よろしくね」と言ってそそくさと出て行った。

 男子が女子の部屋にいるのは、かなりの掟やぶりなのだが、先生は僕の担任だし、事情はよく分かっている。超法規的措置というやつだろう。先生が僕を怒ったら、たぶん僕は、

「じゃあこいつらをお願いします」と言って逆切れすることもできる。しないけど。

 ありがとうの言葉もなく、無駄にゴキブリを殺生して部屋に戻ると、半田とモリモリが酔っ払っていた。いいかげんにしてくれ。わざわざ修学旅行で飲まなくてもいいだろう。半田が普段から酒を飲んでいるのは知っていたが、モリモリに飲ませるとは危険すぎる。しかしモリモリは穏やかな顔をしていた。どうやら半田とモリモリは仲が良くなったみたいだ。酒を飲んではいないものの哲学も楽しそうにしている。半田の人徳と言うやつだろう。とりあえず酒を隠したが、僕も少し飲んでその日はぐっすり眠った。ほんと飲まないとやってられないよ。

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