第4話

 夏休みが終わって2学期が始まった。受験も一気に真実味をおびてきて、クラスがその話題でいっぱいだった。夏休み中の塾の話とか、模擬試験の結果とか。それぞれの不安や期待を交錯させながら、みんなの話が弾んでいる。

「早川は夏休みの宿題終わってないよな」片山が同意を求めるように話しかけてきた。

 片山は3年最後の夏も野球部に捧げたので、クラスの話題についていけていない。少しあせっているようだった。

「いや、それが、まことに申し訳ないんだけど、全部終わっちゃってるよ。なんか勉強がはかどっちゃったかな」

「おまえふざけんなよ。おまえだけは信じてたのに。半田はあれで、本気になると勉強できるしなあ」片山が泣きそうな顔で言った。

「片山は野球部の推薦があるだろ。これからやったって間に合うよ。俺は夏休みに奇跡的に勉強に集中できたから、このペースで行くよ」

 突き放したように言ってしまったが、片山はやる時はやる男なので心配ない。半田はネットの時間を少し勉強に割けば、間違いなく成績は上位だ。基本的に頭の良い人間なのだ。

 すべては老人ホームのおかげだ。いままで義務教育を受けてきて、夏休みの宿題がお盆の前に終わったのは初めてだった。その後、苦手な英語と、国語の漢字を重点的にやったら、模試でまともな結果がでた。俺もやればできるなあと思った。でも、そのやる気を出すのがすごく難しかったのだ。このまま老人ホームで勉強をつづけようと思った。

 放課後に生徒会室に向かった。2学期は体育祭と文化祭があるので、少々面倒くさい。体育祭はいいとして、うちの学校の文化祭は気合が入っている。地域密着型中学校なので、地域のお祭りという意味合いも強く、お客さんを楽しませる意識が生徒にも定着している。生徒会は裏方だけれどいっさい手が抜けない。文化祭に力を入れすぎて、受験勉強がおろそかになる3年生を、僕は何人も見てきた。それはそれで素敵だったけれど。

 生徒会室のドアを開けると、すでにもうみんながいた。僕はクラスで、片山や半田と無駄話をしていたので遅くなってしまった。遅れてごめんよ、と言って席についたが、なにか雰囲気がおかしい。よく見たら、うさぴょんに耳が無かった。

 「オウッ」と僕は驚いて変な声を出し、机を平手でバシッと叩いたが、みんなノーリアクション。うさぴょんもいつもどおり無表情。みんなは僕と顔をあわせようとしない。二瓶さんが、

「みんなそろったから、会議始めるよー」と言って、話し始めた。

「いやいやいや。それでいいのかよ。俺はそんなに大人になれないよ」と僕はたまらず言った。

 しかしそれでも、会長、副会長はスルーしようとしている。俺がかわいそうだろう。酒巻さんもかわいそうなほど、おどおどしている。殿はなぜかうれしそうだ。

「宇佐美さんは大丈夫なのかよ。宇佐美さん大丈夫?」と僕は言った。

「大丈夫です」と宇佐美さんが少し微笑んで答えた。

 殿が吹きだして笑った。酒巻さんはみんなの表情を読もうと必死だ。

「ほら、達也が動揺してどうすんのよ。宇佐美さんが大丈夫って言ってるんだから」

 サエコがいらない突込みをくれる。

「いや、そうだけど。うわーなんか納得いかねー。いや、別に宇佐美さんを責めてるわけじゃないよ、この会長と副会長の俺に対する態度がね……」

「あんたがなんで宇佐美さんを責めるのよ。というか、達也が宇佐美さんになにか言ったんじゃないの、老人ホームで」

「ホームにほとんど来ないくせに、その言い方はないだろうよサエコ」

「ああ、すみませんでしたねっ。宇佐美さんが大丈夫っていってるから、気にしないようにしてあげてるんじゃない」

「してあげてるってどういう意味だよ。俺はなにもしてないよサエコ」

「変な語尾をつけるのやめてよねっ」

「すみませんサエコ」

 うさぴょんも含めてみんなが笑い出したので、場が和んだ。サエコは真っ赤になって怒っているが、まあいつものことだから問題ない。殿は少し笑いすぎだが。

「いいじゃない、いい感じじゃない? 2学期も楽しくいこうね。分かってると思うけど文化祭は気合入れるよ。それと老人ホームだけど、早川君と宇佐美さん、ご苦労様。わたしもあまりいけなくてごめんなさい。まあ任意だからサエコも気にしないでね。今後もみんなスケジュールは厳しいと思うけど、できるだけがんばろうね」

 さすがは二瓶さんだ。サエコを一瞬でなだめた。十月に体育祭、十一月に文化祭だ。そういえば、その前に3年は修学旅行もある。恐ろしく忙しくなりそうだが、自分のために老人ホームを第一優先にしよう。これはかなりずるいポジションだが、基本的に僕は怠けるのがうまい。そう考えるとサエコに申し訳ないな。すみませんサエコ。

 うさぴょんの耳は毎日ではなくなった。そこにどのような理由があるのかは分からないけれど、宇佐美さんになにか変化があったのだろう。なんだか前に比べて、表情が柔らかくなったので恐らく良い変化だと思う。

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