第2話
「3万円か。集まったね。何に使おうか?」と二瓶さんが言った。
会長の爆弾発言に、2年生がびっくりしている。いや、実際に驚いた顔をしているのは酒巻さんだけだ。殿はお茶を片手にニコニコしている。うさぴょんは無表情。長い耳が微動だにしなかった。今年の2年はすごいな。
「え、募金って緑の羽根の? ですよね? あのお金は、あの、植林の、国の」
酒巻さんが泣きそうな顔で、当然の反応をしてくれて安心した。あわててサエコが説明する。
「あー! ごめんごめん。説明してなかったよね。募金で集まった分だけ同額、先生方が生徒会に、特別予算として出してくれることになってるの。そのお金を何に使うかってことよ。会長はこういう人だから、みんな気をつけてね」
二瓶さんはアレ? という顔をしている。もしかしたら普通に募金のお金を使うつもりだったのかもしれない。恐ろしい人だ。殿がゆっくり「なるほど」と言った。遅いよ! おおらかな人だなぁ。うさぴょんはパタパタとキーボードを叩いている。
泣き顔だった酒巻さんが、
「そうだったんですか。すみません。まさかですよね。わー恥ずかしい」
と言って顔を真っ赤にしてうつむいた。これだよこれ。初々しい。他の2年生も見習って欲しい。絶対無理だな。
「冷水機買ってみない? 運動部の長年の夢だし、ここで運動部に恩を売っておけば、今後やりやすくなると思うけど」と自分で意見したものの、冷水機は3万円じゃ買えるわけがない。
「冷水機は自立式で十五万はしますよ」とうさぴょんが言った。
うさぴょん検索はや! 最近、生徒会室でネットを使えるようにしたのがうさぴょんで、設定もろもろすべて彼女がやった。物理電工部が近いので、そこから回線を分けてもらっているらしい。どうやって交渉したのか謎だけれど、ウサギに頼まれたら、なかなか断れないだろう。うさぴょんファンもいるようだ。
「去年どれくらい予算が残ったっけ」会長がサエコの顔を見る。
「残るほど予算があるわけないでしょ。ほとんど雑費で消えちゃったわよ」
サエコがなぜか怒ったような口調で言う。しかも僕を睨みながら。なんでだろう。
「特別予算を計上するとか。無理かな」
恐る恐る言ってはみたが、サエコにさらに睨まれただけだった。
「そういえば」殿村君が思い出したようにして言った。
「バスケ部のOB会が今度の二十周年で、なにか学校に寄贈するという話があったと思います。OB会は夜中に体育館を使わせてもらっていますし、冷水機はみんなが使えてちょうどいいですよね。それで僕がかけあってみるというのはどうですか」
こいつはすごいや。すごいけど、もっと早く言ってくれ。いやすごいけどね。殿村君は身長が百八十五センチもあって、バスケ部のエースでもある。昼の部活に加えて、夜のOB会の練習にも参加しているらしい。しかもこの人柄だから、かわいがられているだろう。冷水機は手に入ったと見た。
「じゃあ殿村君、冷水機お願いね」
二瓶さんがこともなげに言う。殿村君は笑顔で頷いた。すげーな。今年はすごいぞ。
「じゃあ細かいことはわたしが先生と、OB会と打ち合わせするね。殿村君いっしょにお願いね。この話が通れば、募金の3万円は保留にできるんじゃない? あせって決める必要もないし」
サエコがいつものように仕切る。去年はけっこう面倒くさい奴だとおもっていたけれど、正直この面子だとサエコが非常に頼もしい。
会議はスムーズに進んだけれど、議題がたくさんあったので、終わったときにはもう外が暗くなっていた。殿村君が部活に出るというので、半強制的に僕が駅まで、サエコとうさぴょんを送ることになった。酒巻さんは地元だから二瓶さんが送るという。
「今年の二年生はすごいね。仕事がはかどりそう」とサエコが言った。珍しく機嫌がいい。
「二瓶さんが会長だから、けっこう面白くなるかもな。めんどくさいけど」
サエコに蹴りを入れられた。
「今年はちゃんと仕事しなさいよ。2年生に任せようってわけにはいかないからね。宇佐美さんも、こいつにどんどん仕事回していいから」
「最低限の仕事はするよ」
またサエコが蹴りを入れようとするのを、ぎりぎりにかわした。車に気をつけて、と宇佐美さんに注意される。
サエコも一年生のときに比べるとずいぶん変わった。転校してきた当初は、見るからに荒れていて、あからさまな不良だった。茶髪でスカートが短くて、常に周囲に睨みを利かせていた。僕らは、そんなサエコが珍しく、まるでパンダかコアラかのように扱った。モデル校の僕らは不良というものを見たことがなかった。みんながサエコに声をかけて、サエコが時に声を荒げても、むしろそんな反応が珍しくて面白かった。サエコはだんだんと軟化して、クラスに溶け込んでいったけれど、気の強さは相変わらずで、いまでも下手なことは言えない。まあ、下手なことを言ってキックされているのは、僕くらいだが。下級生には優しいので、姉御的な人気がある。同級生にも少しは優しくして欲しいと思う。
殿村君とサエコの尽力で、冷水機の設置が内定した。これで生徒会の株が、ぐんと上がるはずだ。二瓶さんは、このことをぎりぎりまで秘密にして、インパクトを大きくしたいらしい。
片山がこの話題を振ってきたので、僕は機が熟したなと思った。片山は熱血野球部で、通常はうわさ話などあまりしない。野球部は練習がハードだし、冷水機は欲しいだろうけれど、まあ以前は夢みたいな話だった。
「早川。生徒会が冷水機買ってくれるって本当か」
「いや、うわさは聞くけどね。具体的な話は特に無いよ。でも実現したらちょっといいよね」
「なんだ。やっぱりうわさか。2年がバスケ部に聞いたって言うから、本当かと思った」
片山は、あからさまにがっかりした顔をした。分かりやすい人間だ。バスケ部ならば殿が情報を漏らした可能性がある。
「いや、俺もうわさを聞いたよ。なぜか物理電工部で。なんか予算の資料を見たとか、そういう話だったけど」
半田が楽しそうに言って、会話に参加してきた。
半田は物理電工部ではないけれど、あそこはパソコン好きな人間の溜まり場になっている。それはたぶん、戦略的にうさぴょんが動いているのかもしれない。
「いや、生徒会の予算的に、そんな余裕はないよ。冷水機は高いし」
僕はあくまで知らないふりを決め込む。
「サエコが切れて、泣きながら先生に訴えてたっていう話も聞いたよ」と半田が面白そうに言う。
ネトゲ中毒の半田が、学校のうわさ話に乗るのも珍しいことだ。
「それは俺も聞いたな。それで、見かねた殿村がポケットマネーで買うという話になったとか」
片山が真面目に言うので、噴出しそうになった。というか、うわさは恐ろしい。確かに動いてるのはサエコと殿村君だけれど、実際それはありえないだろ。
6月の頭に、朝礼で生徒会の予算発表があった。会長が今後の活動目標なども含めて、全校生徒の前で話をする。活動目標といっても、特に目玉はない。体育祭や文化祭のサポートと、その他行事の年間計画や、生徒会のボランティア活動といった、毎年変わらない生徒会の仕事だ。みんなつまらなそうに聞いている。話が終わって、ぱらぱらとさびしい拍手をもらう。予算が通って、壇上からの階段を会長が降りているときに、酒巻さんがあわてた様子で会長に駆け寄った。なにか耳打ちしている。二瓶さんが、忘れてた! という感じで壇上に戻る。芝居がかりすぎだけれど、仕草はうまい。酒巻さんを使ったというのがまた心憎い。
「補足事項があります。バスケットボール部OB会の有志のかたがたが、バスケットボール部創部二十周年を記念しまして……」
会長がそこまで言ったときに、生徒全体から低い、どよめきの音が出た。
「冷水機をご寄付していただけることになりました。設置場所は……」
夕立みたいだった。突然のすごい拍手だ。うわさが実は本当だったという驚きが、みんなをここまで盛り上げたのだと思う。別に冷水機に興味がない人も多いはずだけれど、それまでのうわさの演出が、生徒の気持ちを一瞬まとめたのだと思う。僕はちょっと感動して体が震えた。
「……ということで、よろしくお願いします」
会長が歓声にかき消されながら説明を終えた。もう一度大きな拍手が起きて、二瓶さんはにっこり笑って頭をさげる。カリスマだ。壇上から降りて、生徒会役員の前にもどって来たときに、二瓶さんが僕らに向かってすばやくウインクした。ゾクッとした。うさぴょんを見たら、相変わらず無表情なのが笑えた。
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