ウサギのいる生徒会、及び老人ホーム

ぺしみん

第1話

 3年生になって生徒会に立候補した。これはまったくの惰性で、2年生のときに書記をやっていたので、その流れで立候補したのだ。ちなみに1年生のときにも書記をやっていたので、通算2年間のキャリアがある。これが唯一、僕がまともにアピールできる点だ。思い出すと恥ずかしい過去だけれど、1年生のときはかなり真面目で、学校を良くしようと本気で思っていた。情熱あふれる演説で、ただひとり1年生で、生徒会に入った。

 今回の選挙では、別に落選してもいいので、かなり冗談交じりの演説をやった。

「新入生と転校生のみなさん、はじめまして。そして上級生の皆さん、まいどおなじみの早川です。僕は2年間書記を務めさせていただきましたが、あまり学校をよくできたとは思えません。だいたいみなさんも、生徒会になにかしてもらったという意識はあまりないと思います。しかし、今年はなにか、みなさんの目に残る形で、生徒会に力を発揮させたい。僕は姑息にも今回も書記で立候補しますが、今年の生徒会は一味違うというところを見せたい。他の立候補者の方を見ても、かなり面白くなると思います。その素晴らしいチームを影から支えるセバスチャンとして、僕のような人間が必要ではないでしょうか。どうか期待してください。たぶん僕が卒業するころには、さすが生徒会、ありがとう生徒会というお言葉をいただけると自負しております。どんな清い組織にも、汚い仕事をしなければならない奴が必要です。どうかお任せください、僕の名前は早川達也と申します」

 片山が「よっ日本一!」とうまいタイミングで合いの手をいれてくれて、拍手喝さいになった。

 この立候補者演説という物は、堅苦しくてうそくさく、つまらないものなので、とりあえずそれだけでも解消したかった。自分でも悪乗りしすぎだとは思ったけれど、あとで先生に散々絞られた。ただ、得票数は会長についで2番目だった。やはり大衆は娯楽を求めている。

 生徒会長は大方の予想通り、二瓶(にへい)さんになった。文武両道、才色兼備、天然ボケ。誰にも愛されるキャラクター。去年副会長だったから、当然といえば当然だけれど、安心した。前会計の(フクフク)福ちゃんが会長になったら死んでたところだ。やはりトップが美人だとやる気も出るというものだ。 

 それを見透かしたのか、二瓶さんが生徒会の初顔合わせのときに宣言した。

「わたしは現状維持って思ってたけれど、早川君がなんかやる気みたいじゃない? 1年のときを思い出しちゃった。だから、わたしもなにか、学校に足跡を残したいなって思ったの。みんながんばろうね」

 他の役員は順当に精鋭が集まっているので、みんなやる気満々になってしまった。これは非常にマズイ。面倒くさくなりそうだ。

 

 生徒会として、初めての主だった活動として、緑の羽根の募金活動をすることになった。登校する一時間前に、駅前に立って募金活動をする。

「緑の羽根募金に、ご協力お願いしマース」

 と、にこやかに声をかける。けっこう多くの人が募金をしてくれて、世の中捨てたもんじゃないと思った。しかし恥ずべきことに僕は、募金活動3年目にして初めて、緑の羽根募金の目的を知った。植林の基金になるのだそうだ。まったく知らなかった。それにしても、なんで植物への募金の証として、緑の羽根が配られているのだろう。そもそも、これは誰が作っているのだろう。まさかほんとうに緑の羽をもったオウムのような鳥から、羽を頂いているとも思えない。きっとどこかに緑の羽根を作る工場があるのだ。食肉用のにわとりの悲しい白い羽が、緑色の染料によって次々と染められていく。ベルトコンベヤーと工業用機械が、一枚一枚、羽根と針をつなぎ合わせていく。最後に熟練の職人による睨みが入って完成。赤い羽根も時期によってはそこで作っているのだろう。まさかすべて手作業ということはないよな。

 「先輩、なにか考え事ですか」

 おなじ書記の酒巻さんに言われてしまった。真面目なメガネの2年女子。なぜか僕のことを尊敬してくれているみたいで、対応に困る。期待を裏切りたくないが、なにを期待されているのか分からない。

「いや、羽根がね、どうやって作られてるのかなと思ってたんだ。この羽根セット、原価はいくらで、どこからお金が出て、とか、無駄に妄想してました」

 酒巻さんがキラキラしたまなざしをこちらに向ける。なんでだ。

「達也は無駄なことを考えすぎなのよ。ほら、ちゃんと声を出して」

 きびしい突っ込みが入る。副会長のサエコだ。冴島登紀子というのだが、みんなサエコと呼んでいる。去年は会計だった同級生。1年生のときに転校してきたのだが、2年になって生徒会に入ったときから、なぜか僕だけ呼び捨てにされている。なんでだろう。

 会長と副会長ともに女性というパターンは珍しいと思う。というか、会長、副会長、書記2名、会計2名の計6人で生徒会は構成されているけれど、男子は僕と会計の殿村君だけで、女天下になっている。殿村君はおおらかな人で、ほんとに殿という感じなので、いきおい僕が男性代表ということになってしまう。男子最後の牙城といった感じだ。実際に男子の部活や、クラブからの連絡は、ほとんど僕が窓口になっている。女子に口げんかに勝てるのは早川だけという、妙な異名をもらったこともある。どうでもいいか。

 しかし募金活動において女性が多いというのは、あきらかに有利だ。二瓶さんはかなり美人。サエコも酒巻さんも、けっこうかわいい。男の市民がどんどん募金する。いったいなにに金が払われているのか、不思議な気持ちがしてくる。美人は得だな。しかしそのエネルギーが植林に生かされるのだから、募金っていう奴もなかなか凄いシステムだと思う。

 ちなみに殿は特に中年女性に人気があり、実質的には一番金を集めた。単価が違うのだ。街頭募金だから、だいたい5百円玉がMAXなのだが、殿の募金箱には札が入っていてびっくりした。殿はイケメンというとちょっと違うのだけれど、育ちの良い顔をしていて、女性客の受けがよかった。

 そして、お母さんにお金を渡されて、もじもじと募金にやってくる子供たちは、当然のことのように、うさぴょんに募金した。このうさぴょんは2年生の会計の女子だ。宇佐美奈奈子(うさみななこ)という横に長い名前を持っている。こいつはすごい人物で、常にうさ耳のカチューシャをしている。公立の中学校で、うさ耳のカチューシャを着けることが許されている生徒は、間違いなく彼女だけだろう。

 うちの学校はかなり小規模で、全校生徒が二百人もいない。クラスも各学年に2クラスずづ。ひとつの小学校から、ひとつの中学に進学してくるので、争いやいじめもほとんどない。区のモデル校になっている。そして、小さい学校の割には転校生が多い。つまり他の学校でいじめられていたり、問題を起こした生徒が送り込まれてくるケースがけっこうある。サエコも地元の中学でなにかあって転校してきたみたいだ。もちろん、うさぴょんはどう見ても問題児だった。

 うさぴょんはうさ耳無しでは生きられないのだという。これはもうみんなが納得するしかなかった。学校としては、やはり禁止したかったようだけれど、そうしたらうさぴょんは登校してこないだろう。それならばうさ耳も許すというのが、うちの中学の懐の深いというか、ゆるいというか、まあそういう感じだ。もしこれが人数が多い学校だったら、一人に特例を認めるわけにはいかないと思う。でもうちの学校は、家族的なので、うさぴょんはうさぴょんだからしょうがないという認識が、わりと素直に理解された。なんでだろう。

 ウサギを差別しているわけではないけれど、見た目に反してうさぴょんはとても賢い。うさ耳だからといって、別にメルヘンチック乙女というわけではない。むしろ逆で、かなりのリアリストだ。成績は上位だし、頭の回転が速くて、仕事も速い。運動神経もかなり良いらしい。無表情で口数が少なく、いわゆるクールな優等生なのだけれど、頭のうさ耳がすべてを破壊している。うさぴょんが会議で、まじめに理路整然と話しているのを見ると、ウサギなのにすごいなあと思う。笑うと失礼だし、傷つけるといやなので、僕はだいたい会議では視線を合わさないようにしている。が苦しい。うさぴょんは、ちょうど一年前に転校してきたのだが、他の生徒もはじめはガヤガヤ言っていたけれど、すぐに慣れてしまった。さすがにモデル校だと思う。みんな懐が深すぎる。うさぴょんを外見で判断せずに、生徒会の役員に選んだことからも分かる。いや、外見が気に入って投票した奴もかなりいるはずだ。ちなみに「うさぴょん」は僕が勝手に心で呼んでいるあだ名だ。うさぴょんは陸上部でもないのに、幅跳びで5メートルも跳ぶらしい。さすがのウサギが、ぴょんと飛ぶ。それで「うさぴょん」。まさか本人には言えない。

 きれいどころがそろっているし、うさ耳がいるし、非常に目立つので、募金総額はなかなかのものだった。2日間で合計が3万円を超えた。新記録だ。会長は募金箱を持たなかったけれど、ひとり頭5千円集めたことになる。実際は、殿が1万近く稼いだ。彼の場合、女性客からの「チップ」という感じだった。なにかフェロモンのようなものが出ているのだろう。一番目立っていたうさぴょんが最下位だった。まあ、普通の大人はウサギには募金しない。でも小さい子が「わたしも募金する~」といって、親にお金をもらって、うさぴょんに募金していた。朝、駅前にいる小さい子は少ないけれど、それを確実に拾っていたと思う。それと、通常は恥ずかしがって、募金したいけれど近づいてくれない、身なりの良い小さな学生が、うれしそうにうさぴょんに募金していた。恐らく私立の小学生だろう。この小さな学生達は数は多かったけれど、金額は小さい。うさぴょんは、耳を揺らせながら忙しく働いて、5円とか十円を集めていた。彼女は基本無表情なのだが、子供たちに対してはびっくりするような素敵な笑顔を見せていて、それは麗しい光景だった。うさ耳もアリだな、と思った。

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