困った先輩彼女

ねこありす

困った先輩彼女

 僕にはみやこさんという年上の彼女がいる。

 先輩は優しくて可愛くてほんわかしていて愛嬌があって、先輩後輩問わずみんなから慕われている自慢の彼女だ。

 入学式の日に一目惚れして、見かける度に駆け寄ったいた。

すると気づいた時には周りから、飼い主に甘えるワンコなんていう学校の名物にされていた。それでもストーカーと言われていないだけましだと、なりふり構わず先輩に猛アタックをした。

 そしてだいぶ打ち解けられた実感が湧いてきた頃に、思い切って告白をした。


 先輩の答えは「私も君のことずっとワンコみたいでかわいいって思ってたんだ、これからは彼氏くんとして"も"よろしくねっ」

 彼氏くんとしても・・・・・・。今までなんと思われていたんだろう? 友達だったらいいんだけど、もしかしてペット・・・・・・?

なんだか腑に落ちなかったけど、付き合えた嬉しさと今後男らしさを伝えられたらいいやと、純粋に喜んだ。


 だけどそんな先輩には困った癖があったのだ、揶揄い癖というか悪戯好きというか、要はかまってちゃんという方が正しいかも。

 

 例えば。


「きゃー!やだやだやだっ!」

「先輩っどうしました!?」

「ゴキブリっゆきくんたすけてっ」

「任せてください! ・・・・・・あれ?」

「見間違いだったみたい、ごめんね?」


 こんなちっちゃな悪戯から、幽霊がいるから助けてだったり、酷いときは先輩の家族が不在のときに、家に知らない人がいると言われ、遅い時間に駆けつけたこともある。

最初の頃は、僕も男らしさを見せるチャンスだと息巻いていたけど、いつもその原因足る存在は確認できない上に、焦る僕を見て嬉しそうにしているのに疑問が浮かび、先輩に思い切って問いただしてみた。

 すると先輩が言うには、すぐに心配してくれたり、駆けつけてくれる僕を見て、自分への愛情を再確認しているらしい。だから焦って先輩の心配をしている僕を見て、先輩はいつも嬉しそうに恍惚とした表情を浮かべている。

そんな先輩を見たら僕も怒る気はなくなり、まぁ先輩が喜んでくれているならいいやと半ば投げやりになりつつも、一応毎回「こんなこと続けてたらいつか狼少年みたいになるから、やめてくださいよ。」的なことを言うんだけど、先輩は決まって「そんなこと言いつつもすぐ飛んできてくれるゆきくんが好きだよっ」って誤魔化すのだ。

 それで誤魔化される僕も僕なんだけど・・・・・・。

 

 放課後。そんな先輩とも今日はデートの約束も取り付けず、地元で人気で、テレビにも取り上げられたことのあるケーキ屋さんに寄ってから自宅に帰っている。


「相変わらずめちゃくちゃ並んでたなー」


 なぜ有名なケーキ屋さんに、わざわざ並んでまで高いケーキを買ったのかというと、今日が大事な妹の誕生日だからである。僕には少し歳の離れた、ふゆというかわいいかわいい妹がいる。

 ゆきとふゆ。どちらも冬生まれだからといって安直すぎるネーミングだと思うけど、僕は仲良し兄妹感があって結構気に入っている。歳が離れてるのもあって喧嘩もなく、素直に甘えてくる妹を可愛がってしまうのは必然だと思う。

 ちなみにプレゼントはもう用意してある。


「ふゆ、今年も喜んでくれるといいな」


 そんな妹の喜ぶ顔を思い浮かべていると、スマホに着信の通知音が鳴った。


「もしもし、先輩?どうしました?」

「ゆきくんったすけてっ」


 先輩の焦った様子の声が耳に響く。


「えっ?」

「知らない男の人達に連れていかれそうなの!」


 流石に今日という今日は、先輩に付き合ってあげる訳にはいかないので、僕ははっきり行けないと言おうとした。


「先輩またですか?今日は騙されないですよ、それに今日は、」

「うそじゃないのっ! 今は隙をみて逃げて隠れてるけどいつ見つかるか分からないのっ信じてゆきくんっ」


 先輩の声がいつもの悪戯とは違う気がする。

急に嫌な汗が流れ始めた。


「先輩いまどこですかっ? 教えてください!」

 

 先輩から場所を聞いてすぐに駆け出した。

警察に連絡とか当たり前なことも頭からすっ飛ばして、必死に走る。不幸中の幸いか、先輩の居る場所はケーキ屋がある商店街の裏路地だった。


「せんぱいっ!」

 

 聞いた裏路地に辿り着くと、そこには蹲って顔を伏せている先輩がいた。


「よかったっ! まだ探されてるかもしれないので一応警察に連絡しましょう、警察が来るまで僕が必ず先輩を守りますから」

 

 先輩が無事だったことに安堵しつつ、走ってかいた汗を拭いながら僕がそう言うと。


「警察は呼ばなくてもいいよ、だってゆきくんが来てくれたからっ」


 先輩が嬉しそうにそう言いながら、伏せていた顔を上げた。


「・・・・・・え?」


 そのとき僕は全てを悟った。

なぜなら先輩はいつもの恍惚とした表情を浮かべていたのだ。いつもの、心配した僕が駆けつけてきたときと同じ表情。


「んふふ〜嬉しいなぁ、そんなに汗をかいてまで必死に走ってきてくれたんだぁ、どれだけ私のことを愛してくれてるのー?」

「————」


 先輩が何か言っているけど、全く耳に入ってこない。走るのに邪魔で放り捨てたケーキとか、そのケーキで本来喜ぶはずだったふゆの顔とか、色々思い浮かべて僕の感情はぐちゃぐちゃだった。


「ゆ、ゆきくん?」


 今まで恍惚とした表情だった先輩が、僕の様子がいつもと違うことに気づいたのか、不安そうな表情を浮かべながら僕の顔を覗き込んでくる。


「さいていです。」

「え?」

「先輩はさいていです。こんなことやめてっていつも言ってるのに・・・・・・」


 僕は涙を堪えながらなんとか伝える。


「ご、ごめんね? ・・・・・・怒ってるよね。で、でもゆきくんに愛されてるって分かると嬉しくて、それにいつもゆきくんも許してくれるから、ダメだって思ってるのにやっちゃうの・・・・・・」

 

 普段の僕なら絶対言わないような批判に、流石の先輩もショックを受けたのか、反省した様子で謝罪する。それでも感情が治らない僕は続けて言う。


「今日妹の誕生日だったんです」

「え?」

「その為にわざわざ並んで買ったケーキも、こ、ここに駆けつける為に放り捨てちゃったんですよっ」


 結局堪えきれずに涙が溢れる。


「————っ!」

 

 先輩が息を呑んだのが分かった。

 その後すぐに絶望とした表情へ変わった。


「そ、そんな・・・・・・ごめんなさいごめんなさいっ! わ、わたし、妹さんの誕生日だったなんて知らなくて・・・・・・ううん例えそうでなくても最低ねっゆきくん本当にごめんなさい。もうこんなこと絶対しないから、妹さんにもちゃんと謝るから。だ、だからもう泣かないで、嫌いにならないでぇ・・・・・・」


 先輩まで泣き出してしまい、もはやなんだこれ状態だ。


「なんでせんぱいまで泣くんですかっ」

「ご、ごめんねっごめんねっ自分がわるいのは分かってるけどっゆきくんに嫌われたくないのっ別れたくないよぉ・・・・・・」

「わ、別れっ!?」


 先輩から別れという単語が出てきて、一瞬でも嫌な想像をしてしまって、またぶわっと涙が溢れる。

そして二人して散々泣いて、日も沈み、だいぶ冷え込んできたところでやっと冷静になってきた。


「先輩反省してます?」

「う、うん。もう絶対しないからっゆきくんを悲しませないから許してください」


 先輩は心底反省した様子で、泣き腫らした目で僕に許しを乞う。初めて見る先輩の表情に僕は場違いにも、先輩ってどんな状態でもかわいいんだなーなんて考えてしまった。ていうか口に出していた。


「・・・・・・え? か、かわいい? うぅ、嬉しいっ嬉しいよぉでもゆきくんの方がかわいいよぉ」


 さっきまでこの世の終わりみたいな表情をしていた先輩が、頬を染めて喜んでいるのを見て、なんだか全てどうでもよくなってしまった。

 僕の方がかわいいというのは後で絶対訂正させて貰いますけど。


「今回の件は今まで容認してきた僕にも責任があるので、お互い悪かったってことで終わりにしましょう? 先輩が反省してるのも伝わりましたし。だから別れるなんて言わないでください・・・・・・」

「ゆきくん・・・・・・。ありがとう。改めてごめんなさい。もうこんなこと絶対しないから、これからもよろしくお願いします」


「あ。そ、そのことなんですけど。た、たまになら僕のこと騙してくれてもいいですよ、僕も心配する僕を見て嬉しそうにしてくれる、み、みやこさんがす、すきだからっ」

「・・・・・・ゆきくんっ! かわいぃかわいぃかわいいっ! すきすきすきっんーちゅっちゅっちゅっ」

 

 僕の恥ずかしい告白と、滅多にしない名前呼びを聞いた先輩は、感極まった様子で僕に抱きついて顔中にキスをお見舞いしてくれた。

 先輩の方がよっぽどワンコじゃないか。


「ちょ、ちょっと先輩おちついてっ! だからって今日みたいに本気で焦っちゃう様なのはダメですからね!」

「わかってる! わかってるよっゆきくぅん! すきすきすきゆきくんゆきくんっ」


 全然分かってなさそうなんだけどほんとに大丈夫かなぁ。でもまた同じことをされたとしても結局許しちゃうんだろうなー、だってこういうのは惚れた側の負けなんだから。


 なんやかんやで結局帰りが遅くなってしまって、ふゆはとてもご機嫌ナナメだったけど、謝ってプレゼントを渡していつもの倍甘やかしてあげたら、いつも以上に甘えてきてくれて、僕が「ごめんね、ケーキはまた今度買ってきてあげるね」というと「んーん。ふゆはお兄ちゃんがいてくれたらそれでいーよ」なんて言うから、結果的に得した気分になってしまった。


 その後。

 あれからの僕と先輩は今まで以上に仲良しになった。というより先輩が僕にべったりになり、心配されて愛されていることを確認するより、自分がたくさん愛して、それにより僕がなんらかの反応をすることの方が好きになったみたいだ。


「ゆきくん、すきだよ」


「僕もだいすきです」


「んふふー」


 愛は見返りを求めないなんてよく言うけど、あった方が絶対いいと、喜んでくれる先輩を見て僕はそう思った。

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