桜並木にて

Love is universal, and love means losing. Beautiful and ephemeral, it is a play of human beings. The only beautiful thing that humans have, which is also called a lie ... Sometimes love is justified...........


 壊れかけのラジオをプツリと切って、ハンドルを握りなおす。サイドミラーを見て、後ろの車を確認する。信号が青なのを気づかずにそんなことをしていてクラクションを鳴らされる。はいはい、とあきれた表情をしてもう一度ハンドルを握る。

 

 吹き荒れる桜吹雪を、掴もうとして空を見上げたのは数十年前であった。二十年前か?なかなかつかまらずにいじけていた、無邪気な幼少期を思い起こす。あのころはよかったなあとか、そんなことを想いながら桜が舞う下山街道を車で走っている。

 街道には何本もの桜の木が植えられていて、毎年春になれば顔を咲かせる。自分がいくら変わろうとも、それらの桜の普遍さにまた自分も変わらないのだと自分に呆れるのは毎年のことだった。

 今年会社を転職した。とてつもなく思い切った決断をした。だから今年はどんなふうに桜が見れるんだろうかと思っていたがこの様子じゃあ変わらなかったようだ。残念さよりも、申し訳なさが勝った。あんなことをしでかしたのに。

 唯一また思い越すのは、母のことだった。何も変わらない自分を、無邪気で臆病でずるくて馬鹿な自分を横目で見ていた自分をどう思っていたのだろうか。女手一つで育ててくれた母に何か恩返しをしようと思っていたが、これではできそうもない。

 

 「あなたが生きていてくれればそれでいいなんて、親はみんな言うけどね」

 「…」

 助手席の、母が、そんなことを言い出した。

 「…」

 「…」

 「私はあなたを愛していたし、今も愛している。恩返しはもうできてるじゃない」

 「愛していた?」

 「ええ。母として、あなたを愛していた」

 「…」

 「桜は儚いと思わない?」

 「…」

 「どうせ散っていくのに、美しい花を咲かしている。花びらはこうして車やトラックやそういうものに轢かれて」

 「…」

 「でもそれが私には愛に見えるのよ。粉々になってでもいいから、美しい所見せてやりたい。それが彼らの生きる使命であり、さだめであるからね。それは変わらないの」

 「だってそれしかないじゃない。それしか、ないもの」

 「母さんは…母さんも、それしかなかったのかな」

 「私にはあなたしかいなかった」

 「…」

 「辛かったわよね、辛い思いをさせた。でもそれはあなたを苦しませるためじゃなかった…あなたを解放するためだったのよ」

 「…」

 「あのころはよかった?…父さんもいて、家族3人で来たわよね。あなたがあんまり桜に夢中で…」

 「親父なんて、もう、知らないよ」

 「…」

 「親父のせいとも言わない。でもそれでも…あなたを悲しませたのは彼じゃないか」

 「…」

 「…」

 「あなたはよく、早く桜が咲かないかと言っていたわね。いつ咲くの?はやくってね」

 「あなたも、桜が好きだった」

 「ええ、好きよ。あなたも好き、父さんも好きよ。だからあの人を許してあげて」

 「許せないよ」

 「…」

 「…」

 

 「わたしのことは、許してくれる?あなたに罪をおわせたことを」

 「……」

 「重度のガンだったのよ。もうお金もない、助かる見込みもないなら、とね」

 「あなたはひどい人だ」

 「ええ、そうね。…桜だって、ひどいじゃない。次会えるのはまた来年なのよ、こんなに綺麗な物が本当に儚くて、もろくて、残酷だなんてね」

 

 俺は助手席に居る、その母を見ることはしなかった。前に進みゆく車に、自分の心が後退しないように。

 「ならなぜ、自分を、…あなたを殺させた?答えろよ、一番ひどいのは父さんじゃない。あなただ」

 「……」

 「俺の自殺用のくすりを、あんたは飲んだんだ。俺は知らなかった。すりかえられていたことに」

 「あなたに死んでほしくなかった」

 「自分勝手だ!!……俺はいつまで、あなたに縛られていればいい?」

 「また、来年の春…」

 「答えろ。…答えてくれよ、頼むから」

 「…」

 「…」

 「…」

 「…」

 「俺はあなたを愛していた。もちろん、母だからだ。でも…、親はいいよな。子供に無条件で愛されるんだ」

 「そうね。自分勝手なのよ。まるで、桜のように。それが愛なのよ。分かる?…変わらず、普遍なものよ。そうして嘘なの、矛盾するものよ…それがどれだけ美しくとも、それは嘘なの」

 「…真実なんてあるわけがないじゃないか」


 桜並木は終わった。

 もう一度ハンドルを握り直し、赤信号で車を止めてラジオを付けた。

 「あなたに生きていてほしかった」

 そうして助手席にいるような母に、そうぽつりとつぶやいた。



Love is a lie. But your tears are true. You see, why are you crying?....

ラジオからそう聞こえた。

 

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