西暦2007年7月1日  AM:8:45

 

2007年6月31日 PM: 20:56


一日のうちを、布団にくるまりながら、スマホ片手にもう片方の手で、いやらしい事をしている君とは違って、僕は有能ですよ。


 同僚から1日前の同じくらいの時間帯に送られてきたメールにはこんなことが書かれていた。

 僕は腹が立った。

 検索履歴に、たくさん残っているのは、なんとも破廉恥な言葉たち。

 腹が立ったのは自分だ。そう自分に。まさにその通りだったからだ。どうして、僕のことをそんなに知ってるのだろう!どうして、どうして誰も知らない僕を、誰も知らないのだろう。

当たり前の事だが、誰にも知られたくないことを、でも知ってほしい僕の功績を、誰かに認めてほしいでわないか。

 例えばそれは、僕が、そんないやらしい事をしないで、真面目に社会と向き合っているとき。先日、女の子が露出狂に出会ったというニュースを見た。これは許せない。非常に許せないのだ。僕はそう感じた。僕は許すことが出来ずに、むしゃくしゃしていたら、左腕に傷をおっていた。いかにも馬鹿らしい。

 例えばそれは、電車の中で盗撮されている女性を目撃したとき。気づけば、僕は舌を噛んでいた。許せなかったからだ。

 

 

冷静になろう。


 小学生の頃のあだ名は、そもそもなかった。みんな、僕に無関心だったから。

教室の隅で、有名な小説をいくつも読んだけれど、僕には理解できなかった。だって僕は、愛する人をうしなった悲しみが分からないんだ。だって、僕は恋をする気持ちが分からないから。でも、なんだか、悲しいという感情だけがそこにあった。悔しさも、落とす事の無い血のように僕の真っ白な心に滲んでいた。

「あなた、どうなの」

 家に帰って、担任と面談を受けた祖母が僕にそう言った。

 生まれた時から、両親は居なかった。


「何もないよ、何も」

 僕はそう言って、自分の世界に閉じこもる。だって僕の話題なんて、やつらには通じやしない。

「勉強はたのしいかい」

 農作業を手伝っているときに、祖父にそう言われた。

「何も、なにもないよ」

 僕はそう言った。

 こんな薄っぺらくて、どうしようもないクズを、やつらは、祖父母は養ってくれた。

 祖父母の家で過ごし、その後お金を稼ぐために職に就いた。

汗水たらして、働く事を学んだ。

「いってらっしゃい」

「何時にかえるの」

祖父母は、決まってそう言った。僕は、返事をしなかった。

それ以上でも、それ以下でもなかった。僕はお金を稼ぐことの意味も少し失いかけていた。希望も何もない。ただ生きて死ぬだけの世界に、なぜもっと生きようとするのか。死ぬのは怖いだろうか。そしてなぜやつらは、僕を生かしてくれるんだろう。でもよくわからないものは、わからないままでいいんだ。


気づくと、そんな事を考えてもう20年も生きてしまった。

僕は茫然と、この世界の傍観者になっていた。

流れていく世界を、じっと見つめている。

変化する世界を、見つめられるのは僕だけなんだ。

流動するものをとらえられるのは、そこに静止するものだけだ。

同じように流れているのなら、流れに気づく事は出来ないだろう。

ずっと、止まって来た。


でも、僕が同じように世界と流れることが出来た時があった。


例えばそれは、祖父母が死んだとき。

事故死だった。2人とも。道路を渡っていた時、飲酒運転のトラックにひかれた。

若ければ生きていたかもね。

医者にそう言われたとき、何故か悔しかった。その時の悔しさが、学生時代の、何も感じれなかった頃の自分の感情を呼び起こした。何故だろう。

なんでだろう。悔しかった。

僕は、何も感じない人間だと思ってきた。

でも、少しだけ感じていたんじゃないだろうか。

祖父母の、農作業で荒れはてた手を少し握って、その小ささに、僕は人間として、何かを感じた。この手を離してしまったら、もう二度と会えないんだろう。頭が良くない僕の、精一杯にわかることだった。

僕は小さく、いってらっしゃいとつぶやいた。

出棺の日のことだった。


僕の世界は止まった。

本当はきっと動いてなかったんだ。はじめから。


2007年7月1日 AM: 5:45

 なあ違うかい、笑ってくれよ、みじめだろう。

 僕はこんなことを、自分のブログに書いているんだ。

 本当はもっと僕の功績を書きたかったけれど、もう描ける気はしない。

 だから最期に聞いてほしいのは、

 僕は生きていてもいいのかなということなんだ。

 ここにいてもいいのかな。

 どうしようもないんだ。

 この世界に僕を必要とする人はいない。はじめからいない。

 やっと今になって、全てが悔しく思えてくるんだ。

 もっと、もっと、感じたかった。感じている僕を見てほしい。

 誰も、こんなことを想い、感じている、人間らしい僕を知らないだろう。

 僕は、申し訳ないと思う。ごめんなさい。

 僕は、こんな人間じゃないんです。

 本当に、クズなんです。

 あなたたちが一所懸命に育てていた野菜とともに、

 有機物となって土に帰ります…それはいつか分からないけど、いつか

あなたたちに、ただいまを言うために。

あの時、言えなかったから。

 さよなら、じゃ。

 



2007年6月30日 PM: 21:00

一日のうちを、仕事に費やしていて、スマホ片手にもう片方の手で、電話対応をするあなたとは違って、僕は外道です。



変な書きだしで、すみません。あなたは、露出狂から女の子を救ったそうじゃないですか。ニュース見ましたよ。体を張って、左腕にケガまでして。電車の件も、盗撮されている方を助けた、と。殴り合いになって、舌をけがしたって。

僕、あこがれているんです。なんでも出来ちゃうんですね。

きっと、昔から良い人だったんでしょうね。

あなたは、この世界に必要な人なんですよ。


2007年7月1日 AM: 10:45


おはようございます!

今日は月曜日ですね。

今朝、駅のホームで朝の9時前に人身事故があった影響で遅れて出社します。すみません。

先輩は、もう到着していますか?到着してたら、昨日のパワポ、PDF化してもらえると助かります。

あ、人事異動の件、聞きました?部長が推薦してくれるんですってね。

さすがですよ。営業部門一位だなんて。

でも、私は、まだあなたと、仕事がしたいなって。


だから、ここにいてくださいね。

あとは会社で、じゃ。



 

 

 

 

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