SS『絶望としての世界』
水野スイ
ミート・パーソン
これは、僕のおじさんが体験した話で、実話である。
名前は本人の希望で変えているが、本当にあった話なのである。
ララス地方では、毎年10月に祝祭が開かれていた。
それが何の目的で、誰のために開かれているのか、多くの住人は忘れてしまっていた。
あるものは、神様への捧げもののためだと言い、またあるものは、悪魔に心臓を取られないためだ、と口々に言う。
こんな風に、誰もその本当の目的を知らないのだ。
祝祭には、毎年市場が開かれ、学校の子供たちが歌を歌う。
綺麗なハーモニーを奏でる歌声が、あたりに響くのだ。
市場は人でにぎわい、いつもは高価なものが少し安い値段で売られる。それを目当てに、ララス地方でないところから足を運んでくるものは多い。
太陽に照らされながら、人々は歓喜に満ち溢れている。
個々それぞれの、祝祭のために。
市場に、1人の囚人がやって来た。
市場の通りに、体をぼこぼこにされ、汚らしいみなりの男がやってきたものだから、人々がその男を、振り返ってよく見ている。
男は1ドーラ―のりんごを、りんご売りの娘から奪ったからだ。
しかもその手口は非常に劣悪であった。
まず娘をナイフで脅し、抵抗できない状態にした。
娘の体を少し凌辱してから、りんごを1ドーラ―分、つまり3つ奪った。
囚人には、娘を抵抗できない状況にしたこと、娘の体を触ったこと、そしてりんごを奪った事、この3つの罪が課せられた。
「俺はなにもしてない」
囚人の言い分はこうだった。
協会へ行って、役場の職員が詰め寄っても、これしか言わないものだから、どうしようかと考えた結果、あそこへぶち込むのがいい、という話になった。
人々は納得し、祝祭の時期に罪を犯したことも付け足して、あそこへ入れようとなった。囚人は、周りのものが口々にあそこに、というので何をされるのかと非常に不安になった。
「何も知らないのか」
「ええ。なにせ、引っ越してきたばかりでして」
「あそこの話も?」
囚人は首をかしげて、何をされるのかとびくびくしていた。
「その方が、面白いだろうに」
職員はそういい、囚人に目隠しをした。
囚人は暴れても無駄な事を知っているため、抵抗をしなかった。
囚人は足枷をされ、ひたすら歩くがいい、と言われた。
「どこから来たんだ」
歩いている途中に、囚人はそう言われた。
「ブブラーヌから、ほら、あの、あそこですよ。司祭、シャルルが舞い降りたところ」
「ほお、あそこの地は汚らしい連中が多いよな。お前のように!」
「なんだと」
「シャルルは何の罪を犯したかしらないだろう。殺人だよ。殺人。人の肉を引き裂き、食料にした。豚のな」
「そんなこと、しらない」
「はは、まあいい。もうすぐ着く」
囚人は目隠しをされているので、何のことか全くわからないが、先ほどより、空気がひんやりしてきた。ひたひたと足音が鳴り、よく響く。おそらく、洞窟かどこかなのだろう。
「とまれ」
囚人はそう言われたので、びくつきながら止まった。
「そこで15分ほどたたずめ。15分経ったら、目隠しを外せ。」
囚人はよく分からないが、もうこれしか道はないのだと悟った。
職員たちは出て行ったので、辺りは静かになった。
ポタッ
囚人の肩に、冷たい液体が垂れてきた。
囚人は驚いて肩をすくめ、それを取り払った。
「今のは水か?」
「水だと思うか。馬鹿め」
どす太い声が、洞窟ののような場所の奥で聞こえた。
人がいるのか、と囚人はまた驚いた。
「な、なんだ。お前らは誰だ」
「お前と同じく、囚人だよ。奴らに連れてこられた」
どうやら、同じような囚人が他にもいたらしい。
「…そうか。お前らは何の罪でここにきたんだ」
囚人は、何かされぬように、ひっそりと質問した。
「殺人だよ」
「おれも」
「おれもだ」
囚人は気づかなかったが、他にも数名、この洞窟には囚人がいるようだった。
「そ、そうか」
「囚人、お前はなんなんだ。なぜ目隠しをされているのか、分かっているのか」
「俺は窃盗だ。ただの、窃盗。15分したら、目隠しを取れと言われた」
「窃盗?そうか。そりゃ、殺人よりもひどい」
囚人は、何を言っているのかと思ったが、あまり質問をしない方が良いと思った。
「なぜ、目隠しをされている?さっきの、水じゃないって、なんなんだよ」
囚人がそう言うと、足に冷たい液体が流れてきた。
「なんだ!」
「それも水じゃない。でも、お前に関係の無いことだ」
「自分の体に触れるものなら、誰だって警戒するさ」
「人の体も水で出来ている。同じことだと言いたいんだ。馬鹿め」
囚人はずっと立っているのが辛くなってきた。精神的にも。
「知っているか。暗闇の中で、体に一滴ずつ液体を流すんだ…すると、人間の精神は崩壊する」
どこかの囚人がそんなことを話し始めたので、囚人は震え上がった。
「もっとも、お前はやつらの約束を守り続けている。よっぽど、はじめから精神が壊れているよ」
「お、おれは壊れてなんかいない。もっと壊れているのは、やつらだ。祝祭が何のために行われているのかも知らずに、のうのうと生きてる…」
「昨日来た囚人も、同じことを言っていた。ここのやつらは、なぜ知らぬことをあたかも知っているかのように話すのかとね」
囚人は、震えが止まらなかった。
「お前はいま、何を前提としている?」
囚人は何を言っているのだ、と考えた。そしてそろそろ、15分が経つ頃だった。
「目隠しを、は、はずすからな」
するすると、目隠しを外す。が、目の前には暗闇が広がっていた。
あたりを模索すると、木のようなものを拾い、なんとか、火をおこすことが出来た。
「お、おい。お前らは一体…」
囚人は奥へ歩いて行った。
囚人は言葉が出なかった。
そこにいたのは、人の形をした、
肉の塊だった。
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