結果発表!
六日という日数が、駆け抜けるように過ぎ去っていった。
今日はいよいよ投票日。ヴェルフロード王国に新たな国王が即位する祝祭の日である。
元老院の老人たちに、大勢の貴族や学者。クラウスを含めた誰もが、その瞬間を玉座の前で待ち侘びていた。
大臣の声が、その瞬間を告げる。
「皆の者、静粛に。アクセル様、並びにランハート様のご入場です」
厳かに開かれる扉。兄弟であり、二人の国王候補が並んで臙脂の絨毯の上を歩く。
一人はアクセル王子。金髪碧眼に、彫りの深い顔立ち。がっしりとした体躯は頼もしく、亡き父王によく似ている。しかし、多くの者はアクセルのことなど見ていない。
誰もが口を噤み、息を飲んで、取り零さんとその姿を目で追う。準備を手伝っていたクラウスでさえも、震えるくらいに感動していた。
艷やかな銀髪を品良く飾る、七色の宝石。アクセルも着ている伝統的な宮廷衣装の形をなぞりつつ、余計なフリルを取り払い、裾を伸ばした黒衣。耳や首、胸元から腕、指先にまで飾りをつける姿は少しも厭らしさがなく、もはや神々しい。
「うふふふ……流石はランハート様、我が社の商品を見事に着こなすなんて」
「ウィルマ殿、急なお願いを聞いていただけて、本当にありがとうございます」
「いえいえ。昔から、ランハート様のお世話になっておりますから。これくらい、お安い御用ですよ」
紫の髪を結い上げ、シンプルなドレスを纏う美女がクスクスと微笑む。
彼女はウィルマ・リッテルスト。古くから続く名門貴族でありながら、自ら宝石や服飾の店を立ち上げた経営者でもある。
ちなみに、これまでにもランハートが身につけたものは、毎回売り上げが凄いことになっているのだそう。彼女が言う『世話になっている』というのは、そういう意味だ。
うん……文句なく綺麗だし、投票者の注目を集められたけど。
大問題が、一つ。
「ただ、興が乗りすぎてしまって。ランハート様を六日間も拘束してしまったのは、申し訳ありませんでした」
「あ、あはは……義父上、なんかげっそりしてますもんね」
「ですが、時間をかけたからこそ最高のものが出来ましたわ!」
満足そうなウィルマに、クラウスの口からは乾いた愛想笑いしか出てこない。
そう、やってしまった。ウィルマは貴族である以前に、とことん突き詰める商売人である。国王選に出るランハートの衣装を依頼されたら、生地選びから始めるのは出来た筈なのに!
作戦としては、大失敗としか言いようがない。これでは逆転することも、奇跡を起こすことも不可能である。
結果は、言うまでもない。
「ふうん。三百票中、四十二票も私に入ったのか。意外と酔狂な者が多いようだな」
「義父上、感心してる場合じゃないですよ!?」
義父上の想像よりは健闘したらしいが、どう見ても惨敗である。凄まじい存在感を見せつけておきながら、どんでん返しどころかさざ波すら起こせなかったランハートに、周りも唖然としている。
なんて気まずい空気。そんな中、苦々しい表情で口を開いたのはアクセルだ。
「まったく、馬鹿馬鹿しい。直前に立候補を表明したかと思えば、今日まで大した活動もせずに遊んでいるだなんて。そもそも王都に帰ってきた時点で、弟であるわたしに一言挨拶くらいすべきでは? 今日この場で、十年前と変わらない美貌に驚かされた、こちらの身にもなっていただきたい」
「あ、しまった」
「それは盲点でしたね」
アクセルのことなど眼中になかったから、気がつかなかった。
あー、しまった! 王都に帰ってきた時点で顔合わせくらいすれば、元老院の老人たちに圧をかけられたのに!
「でも、今回の作戦も全くの無駄ではなかったはず。色々反省点も見つかりましたし、『次』は絶対に勝ちましょうね、義父上!」
「そうだな……次?」
「待ちなさい。まさか、このまま帰るおつもりですか?」
クラウスたちが踵を返すよりも先に、魔術騎士たちが二人の周りを取り囲む。八人の騎士たちは、全員すでに剣を抜いた臨戦態勢。一歩でも動けば、拘束の魔術で床に転がることになるだろう。
これは、流石に予想出来なかった事態だ。慌ててクラウスが割って入る。
「アクセル殿下!? これは一体、なんのつもりですか!」
「殿下ではない。わたしはすでにこの国の王だ。それに、なんのつもりであるかはわたしにこそ教えて欲しいものだ。敗戦国の犬め。兄上に取り入り、こんな場所にまで乗り込んでくるとは……一体何を企んでいる」
アクセルが鋭くクラウスを睨む。クラウスがゼノアチオの出身であることは、この場では限られた者しか知らない。
それを公衆の面前で改めて問い詰められれば、誰もがランハートに不審を抱くだろう。
「別に何も企んでいないし、クラウスは私の息子だ。これ以上この子を侮辱するなら、たとえお前でも許さない」
今にも襲いかかりそうな騎士たちにも微動だにせず、ランハートが真っ直ぐアクセルを見つめる。
言うまでもなく、クラウスたちはゼノアチオとは何の関係もない。しかし、それを証明する方法も今はない。
「ふん、息子か。父上は右腕を失ったあなたを気遣い、これまで自由にさせていましたが。わたしは違う。ゼノアチオの者と接触し続けるつもりなら、あなたたちを反逆者として身柄を拘束させていただく」
「ま、待ってください! 俺は本当にゼノアチオとは関係ないんです。十年前、義父上に拾って貰ってから、ゼノアチオの地に足を踏み入れたことすらありません!」
「言い訳はあとで牢屋の中で聞いてやる。お前たち、兄上とその薄汚い犬を捕らえよ」
魔術騎士たちが構える。斬り伏せられるか、拘束されるか。クラウスも多少の荒事ならば切り抜ける自信はあるが、騎士たちの剣は想像よりもずっと洗練されていた。
抵抗するよりも先に、煌めく刃に目が眩む。
痛みは、無かった。
「ぐ、あぁ!!」
「なっ、一体何が」
「アクセル、お前は本当に人の話を聞かないな。クラウスを貶めるなら、私も手加減しない」
金属の手に抱き寄せられ、恐る恐る目を開ける。自分は無傷であること、傷を負ったのはアクセルや騎士たちの方であるのを理解した。
いや、よく見れば倒れているのは彼らだけではない。貴族や学者たちまで床に倒れ込んで、苦しそうに呻いている。
傍のランハートの瞳は怒りを露わにし、煌々と燃える炎のよう。美しい、けれども恐ろしい。
「私は権力になど興味はない。国王の座など、どうでもいい。お前が欲しいというのなら、くれてやるつもりだった。だが、この子を傷つけるなら話は別だ。そもそもこんな国など無くなれば、全て解決するのだから。いっそのこと、ひと思いに滅してしまおうか」
ランハートの魔力が急速に高まっていく。この人はそれが出来る人だし、やる気だ。部屋に満ちる空気までもが彼に従い、鋭い刃と化して壁や床を抉る。
アクセルに騎士たち、そして貴族たちの誰もが顔を青ざめさせて震えている。ランハートを止めようと立ち向かう勇敢な愚か者は、残念ながら居ないらしい。
これはマズい。クラウスがランハートの手を掴むと同時に、上着から砂時計を取り出す。
これが、あらかじめ用意していた切り札だ。
「義父上、そこまでです。とりあえず、一度やり直しましょう!」
「やり直す?」
ランハートの意識が自分に向けられるのを見て、クラウスが砂時計を床に叩きつけた。金色の砂が巻き上がると、つむじ風を巻き起こし二人の身体を攫う。
そうして、『時』は巻き戻る――
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