どれを選んで何をするか、それが重要だ

「お帰りなさいませ、旦那様、クラウス様」


 王都の本邸に着くと、使用人たちが揃ってランハートとクラウスを出迎えた。親子二人で暮らしている田舎の屋敷とは異なり、執事やメイド、料理人に庭師など、数人の人間を雇っている。

 ただ、こうしてランハートたちが本邸に足を運んだのは数年ぶりだ。使用人たちはもちろん、なんならランハートまで緊張している。


「久しぶりだな皆。大事ないか?」

「はい。定期報告の通りでございます。お茶の用意は出来ておりますので、お庭へどうぞ」


 執事に促され、庭園で親子のお茶会が始まる。美しく咲き誇る花壇の花々に、細やかに切り揃えられた木々の枝葉。主が居なくとも、手入れは怠っていないらしい。

 最高級の紅茶と、主の好みに合わせた苺のショートケーキ。王族らしい気品と優美さでカップに口をつけ、華やかな香りに目を細めながら、ランハートが口を開く。


「……あと六日でどうしろと?」

「それに関しては、ごめんなさい」


 クラウスが頭を下げる。投票日を抜くと、残りの六日間でランハートの支持者を集めなければいけない。

 そもそも、公示を知らされたのが明らかに遅かった。世情に疎いとはいえ、ランハートが今日まで知らなかったくらいだ。田舎で隠居生活を送っているとはいえ、ランハートはれっきとした国王候補だ。身分を考えれば真っ先に遣いが来るべきなのに。

 きっとアクセル派の誰かが、文書を意図的に遅らせたに違いない。ランハートが立候補したとしても、何も出来ずに恥をかかせようとしたのだ。

 でも裏を返すと、ランハートがそれだけ警戒されているということ。彼の影響力を考えれば、逆転の余地は十分ある。


「まずは、義父上が国王選に勝つために、一体何が足りないかを考えましょう。うーん、とにかく有権者に義父上がいかに強くて美しくて最高かを印象付けるべきですよね」


 国王選に投票出来る者は、王族やその親縁、そして貴族だ。つまり国の繁栄よりも、いかに自分たちに利があるかを追求する意地汚い者たちが票を持っているのだ。

 そういう者から票を稼ぐには、有効な手段が二つある。


「義父上を敵に回すことがどれだけの恐怖であるかを味わわせるか、義父上に忠誠を捧げることがいかに幸福であるかを思い知らせるか。このどちらかに方向性を絞るべきですね」

「お前の思想は少々尖り過ぎているな」

「手っ取り早く、公示を知らせなかったアクセル派の者を懲らしめに行きましょうか。もしくは、支持者に利益を与えるか。そういえば、リッテルスト家のウィルマ殿は毎年のように義父上に手紙をくれますね。彼女ならば力になってくれるでしょう」


 それぞれ有効だろうが、どちらも行うのは時間が厳しい。工夫が必要だ。


「それから、予算の問題もありますね。生活に困っているわけではありませんが、流石に湯水のように使えるほど蓄えがあるわけでもないですし……そういえば、イーリシヴ遺跡に竜が住み着いたとかで、かなりの報奨金が提示されていましたね」


 選挙というものは、とにかく金がかかる。下手なことをすれば、あっという間に破産だ。竜を討伐すればお金も手に入るし、ランハートの強さを誇示することも出来る。

 問題は竜という生き物の恐ろしさと強大さ……ではなく、


「イーリシヴ遺跡か、遠いな……帰りは転移魔法陣を設置するとしても、行きだけで五日はかかるぞ」


 そう、問題は距離である。この方法を選ぶのもアリだが、他のことをする時間は残らないだろう。

 他にも色々とやるべきこと、やっておいた方がいいことは色々と思いつくが……とにかく時間がない。残された六日間の中で出来ることを選ぶしかない。

 慎重に、かつ大胆に。

 

「まあ、なんでもいい。お前に任せるぞ、クラウス」

「ええ、お任せください。必ずや義父上を玉座に座らせてみせますよ!」

「期待している。しかし執事がせっかく用意してくれたんだ、ケーキは残さず食べるように」


 拳に力を込め勝利を誓うクラウスと、投げやり気味なランハート。お茶とケーキを優雅に楽しんでから、早速行動に移すことにした。

 

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