麗しい義父上は朝が苦手

 あっという間に十年が経った。十八歳になったクラウスはランハートの元で魔術を学び、鍛錬もかかさなかった。日々の努力のおかげで背も伸び、体格にも恵まれ、随分と大人っぽくなった。

 少し癖のある黒髪に、黒い瞳。ランハートと血の繋がりはなくとも、彼の息子として相応しくなるべく必死だった。

 クラウスがここまで努力してきたのは、ただ一つの目的を果たすため。


「全ては義父上ちちうえ、あなたをヴェルフロード王国の国王にするためですよ!」

「……悪いがクラウス、何がどうしてそうなったのか。寝起きの私にもわかるよう、最初から順序立てて話してくれないか」


 朝、やたらとハイテンションなクラウスに起こされたランハートが、もぞもぞとベッドから這い出してふわふわと欠伸をした。

 普段の冷然とした姿はどこへやら。ぼさぼさの髪に寝ぼけ眼な義父の尊さに胸を押さえつつ、手元にある手紙を開いて見せる。


「まず、サディアス陛下が二ヶ月前に崩御されました」

「最初からとは言ったが、流石に自分の父親が死んだことくらい知ってる」

「葬儀が終わった後に、国王選の公示がありました」

「世継はアクセルしか居ないのに、国王選を行うとは。相変わらず、老人どもは古臭い慣習を大事にしているようだな」

「ですよね。なので、俺が代筆して義父上の立候補届を書いて王都に送りました。これがその受理証明書です」

「なるほど。利き手が不自由だからといって、書類仕事をお前に任せた私が悪いということか」


 水で満たした盆をランハートに差し出して、手と顔を清めてもらう。それを終えてから彼の左手をとり、ベッドから立たせた。

 体勢が安定してから、今度は右手を取る。


「義手の調子はどうですか?」

「問題ない。書類仕事だけでなく、魔工義肢にまで精通する優秀な息子を持てて幸せだ」


 銀色の優美な義手は、魔工学を研究するクラウスの最高傑作の一つである。彼の魔力を神経回路と接続することで、指先から手首、肘まで生身の身体と変わらない滑らかな動きを再現出来る。義手の動きを確認してから、用意していた外行きの衣装に着替えさせる。

 十年前、ランハートは右腕を失ったことを理由に宮廷魔術師の座を辞した。以降は療養という名目で、田舎でクラウスと共に自由気ままな生活を送っている。現役の頃は圧倒的な実力で恐れられていたが、本来の彼はマイペースでのんびりとした調子なのである。

 だが、今日からは再び忙しい日々に戻ることになるだろう。


「話は戻るが、どうして勝手に立候補届を送ったんだ?」

「それはもちろん、義父上を国王にするためです! この腐った国を変えられるのは、義父上だけですからね!」


 着替えが済むと、ランハートを鏡台の前に座らせる。背中へ届くほどに伸びた銀髪に香油を塗り込み、櫛を通す。それだけで艶を取り戻す髪を、服装に合わせて緩く纏める。

 もうすぐ四十歳になるというのに、彼の美貌は少しも衰えない。むしろ年齢による気怠げな色気は、見る者を魅了して止まない。


「買いかぶり過ぎだ。何より、国王と正妻の子であるアクセルを支持する者は多い。形としては兄だが、私があれに勝つのは相当厳しいぞ。出来ることならば、このまま二度寝したい」

「でも、義父上はアクセル殿下なんかとは比べ物にならないほどの実力者なんですよ? 俺の故郷を滅ぼした最強の魔術師を王に、と望む者は俺だけじゃないはず!」


 ランハートは前王と妾の子であり、彼の七つ年下のアクセルは正妻の子である。兄ではあるが、アクセルと比べれば立場は弱い。

 しかし、魔力の高さや魔術の才に関しては比べるまでもなくランハートの方が優れている。ヴェルフロード王国は魔術で栄えた国であるため、そういう面ではランハートを支持する者も少なからず存在する。


「てっきりお前は、私に復讐を企むと思っていたのに……どうしてこうなった」

「俺が恨んでいるのは、この国の腐った慣習です。こうして拾ってくれた義父上には、感謝しかありません」


 クラウスは知っている。自分を引き取った後、ランハートは秘密裏に奴隷商人たちを摘発し、奴隷たちを故郷に帰したことを。

 知識と力を兼ね備えた優しいこの人ならば、ヴェルフロード王国を変えられるはず。


「何よりもう一度、有象無象を跪かせる義父上が見たいのです! だって、俺の義父上が一番なのですから!」


 十年前の記憶は今でも鮮明なのだと、櫛を握り締めるクラウス。そんな彼を尻目に、ランハートが立ち上がる。

 義理の息子とはいえ、敗戦国の人間であるクラウスの言動は少々礼儀に欠けている。無礼だ、と首を刎ねられても文句は言えない。

 しかし、


「……やれやれ、お前は本当に変わった子だな」


 自分よりも高い位置にある頭を撫でるランハート。子が子ならば、親も親なのがこの親子である。

 この男、最初こそはクラウスのことを道具として利用していたのだが。無邪気に懐く姿にすっかり絆され、いつの間にか彼を愛息子として溺愛しているのだ。

 今では彼が、クラウスに来る縁談を断る立場である。


「クラウスにねだられてしまった以上、敵前逃亡などという格好悪いことは出来ないな。やれるだけやってみよう」

「はい! 準備は出来ていますので、一分だけお待ちを!」


 クラウスは急いで自分の部屋に戻り、準備していた荷物を担いでから、棚の中にしまっていた砂時計を取り出す。

 手のひらに収まる大きさの砂時計。ひっくり返すと、金色の砂がさらりと落ちる。それを上着の内ポケットに入れ、ランハートと共に屋敷の外へと向かう。

 玄関先にある転移魔法陣は、王都にある本邸へと繋がっている。馬車を使えば十日はかかる道程も、これならば一瞬である。


「そういえば、投票日はいつなんだ?」

「ああ、そういえば言い忘れてました」


 義父上をエスコートし、魔法陣を起動させる。人を二人転移させるだけの魔力が充填され、魔法陣が眩しく光る。

 問題なく作動したことを確認してから、クラウスは爽やかな笑顔で義父の問いかけに答えた。


「投票日は七日後。つまり、今日を含む六日間で、支持者を確保しないといけません」

 


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