跪け愚民ども、我が麗しき義父上の足元に

風嵐むげん

運命の出会い

 燃え盛る故郷に転がる屍。変わり果てた両親に別れを告げる暇さえ与えられず、クラウスは他の子供や女たちと共に馬車に詰め込まれ、奴隷市場へ連れて行かれた。

 敗戦国の人間を売り捌く場所だ。同胞たちが性別や年齢で分けられ、檻に放り込まれる。苦痛や恐怖に悲鳴を上げる女、震えて泣く子供。下卑た嗤い声を上げる男たち。

 両親を殺された恨み、何より元来から正義感が強いクラウスは悪党たちに反抗した。自分の腕を掴む男にしがみつき、指に目一杯噛み付く。ぎゃっ、と声を上げた男がクラウスを蹴り上げ、小さな背を容赦なく踏み付ける。


「クソ! このガキ、噛みやがった!」

「うるさい、皆を解放しろ!」

「反抗的なガキは殺しちまえ。どうせ大した値段はつかねぇよ」


 男が剣を振り上げると、悲鳴が幾重にも重なった。逃げようともがくも、背中を踏む足はびくともしない。

 何も出来なかったが、最後まで抗った。両親は褒めてくれるだろうと自分を慰め、目をギュッと瞑る。

 その時だ。


「ここで何をしている」

「ランハート様!?」


 男たちが慌てふためき、剣を床に放り我先にと跪く。軽くなった背中。クラウスは痛む身体でなんとか起き上がると、その姿が視界に入った。

 長身の体躯に、分厚いローブを着込んだ若い男。胸元には敵国の紋章。高貴な装いもそうだが、何よりも彼の容姿に目を奪われた。

 繊細な顔立ちを飾る深紅の瞳に、月の光を集めたかのような銀髪。威圧的な美貌と、鋭くも高貴な雰囲気に見惚れ、呼吸さえ忘れてしまう。


「このような場所で、しかも女性と子供ばかり……違法なやり方でゼノアチオの人間を奴隷として売り捌く不届き者が居ると聞いたが、貴様たちのことか?」

「そ、それは」

「警戒しなくていい。見てのとおり、私も不自由していたところでな……ふむ、丁度良いのが居るじゃないか」


 深紅が、クラウスを囚える。男たちが何か喚いているが、気にかける余裕なんかなかった。

 静かに歩み寄り、目線を合わせるように屈む美しい人。でも、クラウスは気がついた。

 彼の右腕が、肩から失くなってしまっていることに。


「私はランハート。お前の故郷、ゼノアチオ王国を滅ぼした敵国、ヴェルフロード王国の宮廷魔術師だ。しかし見ての通り、事故で右腕を失った。ついでに、毎日のように舞い込む見合い話にもうんざりしている。お前、私の息子になる気はないか?」

「……は?」


 何を言っているのだろう、この人は。いや、彼が口にした肩書きならばクラウスでも知っている。

 宮廷魔術師、つまり国王を補佐するほどの実力を誇る最高位の魔術師だ。クラウスにとっては、憎き仇と言ってもいいだろう。

 でも、何故だろう。憎しみよりも、もっと大きな感情で胸がいっぱいになっていた。


「な、何を言っているのですか!? 次期国王候補ともされる貴方が、ゼノアチオのガキなんかを奴隷に!」

「奴隷じゃなくて、息子だ」

「もっと悪いですよ! 子供が欲しいとあなたが言えば、貴族がこぞって養子縁組を申し出て来ますよ!」

「……耳障りだな、貴様らは」


 その時のクラウスには、ランハートが何をしたのかわからなかった。

 ただ男たちを振り返り、ひと睨みしただけ。それだけで男たちは胸を押さえ、うめき声を上げてその場に倒れ込んだのだ。

 地獄を踏み躙り、圧倒的な力で従える覇者の姿。


「それで、どうする? このままこいつらに奴隷として売られるか、それとも私の息子として役に立つか。お前は魔力が高いから、色々と仕込んだら便利そうだ。努力次第では、仇である私に復讐出来るかもしれないぞ」


 ランハートが再びクラウスに向き直る。小さく、艶のある微笑。クラウスの心臓が、どくりと大きく跳ねる。

 返事は、考えるまでもない。


「名前は?」

「……クラウス」

「ではクラウス。今からお前は、私の息子だ」


 冷酷なのに、地獄から連れ出してくれる大きな手は温かい。

 この時の光景を、跪く愚民たちに見向きもせずに歩くランハートの姿を、クラウスは一時も忘れたことはなかった。

 

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