第10話

「し、失礼致しました!!」


全力土下座である。


「おかしいわね。いくら私が無干渉とはいえ、私の存在を忘れていたなんてことあるかしら」

「え、えっと〜」


だってあなたのこと画面越しですが何回も見たことありますので。


まずいな、なんとなくゲーム感覚が抜けてない。


ダンジョンに行って以降気が抜けすぎかもな。


「……私とあなたは初対面よね?」

「そ、その通りでございます」

「そうよね。なら、さっきから私の右の腰ばかり見ているのも気のせい?」


やっべ


「き、気のせいですねー、まず間違いなく気のせいです」


俺は視線を外す。


「そう」


そして彼女は右の辺りに手を動かす。


「ほらやっぱり知ってる」

「スゥーーーーーー」


小さく息を吐く。


しないと分かっていても目の前にナイフを出されたら驚くように、反射的に後ろに下がってしまう。


「じ、実はセシリア王女のファンでして!!それで調べていたら風の噂で」

「いいえ嘘よ。だって私、これを持ってるのはつい最近のことだもの」

「は?何をそんな嘘を」

「ええ嘘ね。お互いに」

「あーもう俺バカ」


簡単なブラフに引っかかる。


「気になるわ!!凄く気になる!!」


目をキラキラとさせるセシリア。


「あなた何者!!私のこれをどうやって知ったの!!他には!!何か隠してるんじゃない!!」


グイグイと寄ってくる。


「ちょ!!近いって!!」


なんだよ。


ゲームでだってそんなキラキラした顔見せたことなかっただろお前。


いっつも退屈そうにしてたくせに。


「お、俺は何も知りませんから!!」

「そんなことないわ。誇って、あなたは私が興味を抱く程の人間よ」


壁まで追い詰められる。


ドン


「トュンク」


壁ドンされる。


これなんて乙女ゲーム?


「逃がさないわ」

「あ、あの、優しくお願いします」

「ええ、もちろん。やめてと言われてもやめないわ」


キスしてしまいそうな程顔が迫る。


さすがゲームなのか、それとも彼女自身の力だろうか。


セシリアから目が離せなくなる。


心が高鳴る。


これってもしかして……こ


「あの……何してるの?」



「ウ、ウェン!!」

「あら、タイミングが悪いわね」

「セ、セシリア様!!」


ウェンが驚く。


そりゃ親友が絡まれてる相手が王女様なんてビックリしない方が無理だろう。


「邪魔が入ったわね」


セシリアはそっと俺から離れる。


「これの話もあるし、他の人がいるのは少し嫌ね」


セシリアは置いていた本を回収する。


「あなたとのお喋りはまた次の機会にするわ。いずれまた会えそうだし」


ウェンの横を通り過ぎていくセシリア。


「それと、次から敬語は無しでいいわ。もちろん敬称もね」


そう言い残し、上級組のフロアに帰って行った。


「し」


全身の緊張が解け


「死ぬかと思った」


俺はゆっくりと地面に倒れた。


◇◆◇◆


「そんなことがあったんだ」

「とんだ災いもんだぜ」


俺はウェンと共に食堂に向かいながら先ほどの出来事を説明する。


「でも凄いね。セシリア様って言えばあの天才だろ?会話するだけでも一苦労だって言われてるのに」

「いやいや、絶対いいもんじゃないって。まるで自分の奥底を見透かされてるような、なんとも言えない恐ろしさがあった」

「それ絶対に本人の前で言うなよ」

「分かってるよそれくらい」


俺は大きなため息を吐き、気持ちを切り替える。


あれは厄災だ。


俺は運が悪かった、それで納得しよう。


今はウェンとリエルの距離を近付ける方法を考えるんだ。


「エルは何食べるんだ?」

「ん?ああ、俺は今日はーー」

「口答えするな!!!!」


怒声が聞こえる。


「なんだ今の」

「食堂からだ」


ウェンが走り出す。


その後ろを俺も追いかけた。


「これは……」


扉を開けるとそこには


「ベルさん。どうして下級組の平民なんかと食事を……」

「私が誰とどこで何をするのも、あなたに関係のあることですか?」

「で、ですからそれは……」

「あ、あの、喧嘩は」

「平民が口答えするな!!僕は貴族だぞ!!」

「……」

「はぁ」


メフィーはわざとらしくため息を吐く。


「いちいちうるさい人達ですね。もういっそ」

「待つんだ」


声を挟む男。


「お前は」

「どうもセニョール君」

「ウェンか」


さすがは攻略対象者。


リエルのピンチにいつだって駆けつけてくれるぜ!!


一つのテーブルにメフィーとリエルが座り、その横に赤い服を着た一人の生徒。


名前はセニョールか?


なんかセニョールって面白い名前だな。


いや全国のセニョール君ごめんねなんか。


「メ……ベルさんも言っている通り、僕達が下級組、平民と食事を取って何か問題があるのか?」

「ああ、あるね。大ありだ。上級組にはプライドがある。プライドとは飾りじゃない、勲章だ。それを失えば権威が、信頼が落ちてしまうのだ」


セニョールは続ける。


「貴族になったからには貴族としての生き方を、上級組になったなら上級組の生き方をしなければならない。分かるかウェン」

「分からないね。僕は僕だ。例え僕が上級組になったからって僕は何も変わらない。そして平民だろうと下級組だろうと一人の同じ人間であることにも変わりないんだ」


二人は表情を変えずに睨み合う。


セニョール君も悪役みたいだがイケメンのため、何だか絵になるなぁ〜。


「随分と大層な口をきくな、ウェン」

「セニョール君……」

「ウェン、お前が僕をそうやって名前を呼べるのはお前が上級組だからだ」

「僕は例え下級組だったとしても、君には同じように接していただろう」


ウェンはずっと変わらない目線でセニョールを見続ける。


だがセニョールの目はそうではなかった。


「本当にそうかな。ウェン、お前は少し舞い上がってないか?元孤児院のお前が、力を持ったと勘違いしてるんじゃないか?」

「……どういう意味だ」

「僕がこうして懇切丁寧に人の在り方を教えてるにはお前が上級組だからだ。もしお前が下級組だったら、僕は君にこう言うだろうね。『孤児院がどうなってもいいのか?』って」

「!!!!」

「アッハッハ、どうだい。これが力だ!!覆せない差。これこそが貴族と平民共の圧倒的」

「おい」


セニョールの右肩に手が置かれる。


「孤児院が、何だって?」

「な、なんだお前!!」


手を払い、数歩後ろに下がるセニョール。


「か、下級組の平民如きが!!ぼ、僕に触りやがって!!」


セニョールが肩を何度か払う。


「孤児院が何だって?もう一回言ってみろよ」

「誰かは知らんがもう一度言ってやるよ!!僕のパパは孤児院の経営に携わってる。パパに言えば、こいつの孤児院は一発でおしまいだってことだよ!!」

「そうかそうか。いやー、そういうことか」


エルは笑う。


「いやー、お貴族様はご冗談が上手だ。俺はつい騙されちまいましたよ」

「は、はぁ?お前急にどうした」


突然の奇行に戸惑うセニョール。


「いえいえ、だってそうでしょう。ウェンと俺の住んでいた孤児院には今、数十年は遊んで暮らせる程の寄付が入ったそうですよ」

「……は?」


施入は口をポカンと開ける。


「そうですね。セニョール(笑)様のパパ上様のお仕事のことを、まさかセニョール様が知らないはずありませんよね?」

「き、聞いた覚えがないぞ。それに僕は」

「パパの仕事に関わってないから知らない?まさか上級組であるあなた様が、そのような重大なことを知らないと、そう言いたいのです?」

「……」

「信用、されていないのでは?」

「ち、違う。僕は将来パパの仕事を」

「そうですか」


エルはセニョールの耳元に近付き


「ご安心下さい。周りに人はいませんよ?」

「僕を……脅すって言うのか」

「いえいえ、そんなつもりはありません。ですが」


エルは嘲笑し


「力なんてこの程度で揺らぐものなんですね」


ケタケタと笑う。


ぱっと見ただの悪役である。


「お」

「お?」


セニョールは顔を真っ赤にし


「覚えておけよ!!」


去っていった。


「お気をつけてー」


エルはヒラヒラと手を振った。


「エル……すまない」

「何謝ってるんだ親友。孤児院を潰すだと?そんなことは絶対に許さない。当然だろ?」

「ああ、その通りだ」

「お前は必死に上に登れ。それまでは俺がなんとかするから」

「……ああ」


二人は拳を合わせた。


パチパチパチパチ


「「あ」」

「か、感動しました!!」


リエルは涙を流しながら二人を見る。


「ご、ごめんなさい。元はと言えば私が原因なのに……ですが、二人ともとてもカッコよかったです!!」

「あ、あはは、何だか恥ずかしいな」

「マスター」


メフィーは澄ました顔で俺の肩に手を置き


「おい、孤児院が何だって?」

「ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


急に羞恥心が襲いかかってくる。


「お、俺は何をしてるんだぁああああああああああああああああああああああああああああ」


地面に転げ回る俺。


俺は一体なんてキザな行動をとってるんだ!!


「ですが非常に巧妙……いえ、狡猾こうかつでしたよ」

「それ言い直す必要あった!!」

「先日受理されたばかりの寄付金を逆手に取ったのはお見事です。更にそのお金の出所がマスターのだと気取られる可能性も、例の貴族のプライドとやらで表沙汰になりません」

「凄い分析するじゃん。作者そこまで考えてないと思うよ?」

「知ってます」

「おい!!」

「ですが」


メフィーは真っ直ぐ


「さすがですね」

「……」

「その人間臭くも立ち向かう姿勢が、私は嫌いではありませんよ」


そんなメフィーの言葉に俺は


「……うっせ」


こう返すくらいしか出来なかった。

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