第9話

状況は最悪という他ないだろう。


貴族に楯突くという行為は、即ち人生の終わりを意味している。


それが今、目の前で起きていた。


それどころかまるでギャグ漫画かのように壁に頭からめり込んでいる。


最早死は免れないであろう。


「よし、無視しよう」

「ええ!!」


俺は当然の如く無視を決め込むことにした。


「大丈夫なんでしょうか?」

「さぁ」


メフィー?


誰だそれ?


知らない人ですね。


「悪いがここで学園を後にする気はないんだ」


こっちには世界が掛かってる。


俺は踵を返し、自身の教室へと後戻りし


「では今すぐ滅びの時間を進めましょうか?」


そして肩を掴まれる。


「どなたでしょうーーあ痛い!!痛いですごめんなさいメフィーさん!!」

「あなたは私の主人。一連托生ですよ?」

「なんで俺が従者の不祥事片付けなきゃなんねぇんだよ!!」


メフィーの手を剥がそうと掴む。


「……」


白く冷たい。


世界を滅ぼせるだけの力を持った彼女の手は、思ったよりも小さかった。


「いやそれでもやっぱ力つんよ!!」

「それではマスターの謝罪でなんとか場を収めて下さい」

「嫌だ!!俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ!!」

「駄々をこねないで下さい」

「え!?なんで俺が悪いみたいになってんの!!」


そのまま機械かと思うような力で俺は貴族達がワラワラと集まっている場所にぶち込まれる。


「なんだか大丈夫そうですね」


何故か最後の砦であるリエルは温かい目で俺らを見送った。


「そもそも私は何も間違ったことはしていませんよ?」

「いやいや、どんな理由があろうと貴族ぶっ飛ばすのはヤバいって」


そしてメフィーは歩みを止める。


「なんだこれ」


現場を説明しよう。


一本の廊下に貴族が壁にめり込み、その前に俺とメフィーが立っている。


片方には赤服の人間、もう片方には黒服の人間がソーシャルディスタンスガン無視でしき詰まっている。


「それにご安心を。ちゃんと生かしてあります」

「生きてるじゃなくて生かしてるなの怖いよ〜」

「その通りだ!!」

「ヒッ!!」


突然どこからか声がする。


「ゆ、幽霊か!!メフィー!!サイコキネシス!!」

「それは殺せと言うことですか?」

「違うよ!!効果はないんだよ!!」


てかマジで今の声どこから……


「やぁ君。戸惑っているね」


バコンと音を立て、壁から飛び出てくる。


「いやー、壁の中って意外と気持ちいいんだな」


大きく口を開けて笑い出す。


「いいパンチだった。やはり俺の目に狂いはなかったな!!」

「当然かと」


メフィーは何事もなさげに返事し、貴族もまた楽しそうに笑う。


「そういうことかよ」


そして俺はここで全ての真相に気付く。


「スレイン・ジェームズか」

「お!!しっかりと勉強してるな下民!!」


豪快に笑うスレイン。


だがすぐに笑顔が消え


「気安く俺の名前を呼ぶな」

「……申し訳ございません」

「……アッハッハ、冗談だ冗談。俺をそんな器の小さな人間と思わないでくれよな!!」


また笑顔を浮かべた。


スレイン・ジェームズ。


赤い髪と常に笑っている姿が特徴の攻略対象の一人だ。


スレインの家は昔から高い戦闘能力を有しており、ダンジョンという分野で大きな名声を得ている貴族だ。


奴の性格を表すなら単純脳筋。


素直で自身の強さに誇りがあり、他の強者もまた認める大らかな性格。


と、公式では書かれている。


「メフィーと言ったか?」

「気安くその名で呼ばないで下さい」

「おっと失礼。ではなんと呼べば?」

「ベルです」

「それが君の名前かい?」

「……はい」


絶対嘘だ。


「そうかそうか。このような強き女性がいるとは世界はまだまだ広いな。これからの学園生活が楽しみだ!!」


そう言ってスレインは教室に笑いながら帰って行った。


「おや、どんな難癖を付けられるのかと身構えていましたが、案外呆気なかったですね」

「いや、これからが面倒だあれは」


確実にロックオンされたメフィー。


「てかそろそろ離せよ!!」

「失礼しました」


肩から力が抜ける。


止まっていた血液がジンワリ流れているのを感じる。


「はぁ、なんでこんなことに……」

「マスターの自業自得では?」

「違いますよ!!」


全部あなたのせいですメフィーさん。


「それに」


目線を向ける。


ざわつく貴族達。


「あんまし見られたくはなかったが、時間の問題でもあるしな」

「むしろ私はこうして早い段階で知られた方が楽だと判断しました」

「だからわざわざ俺を引きずり出したのか」


赤と黒が交わるなどまず考えられない。


だからここで俺とメフィーの関係が知られてしまった今、これからは色々厄介ごとに巻き込まれるだろう。


だがそれはメフィーがここに来ると言っていた時から覚悟していたこと。


「……もう俺帰る」

「そうですか。それではまた」


俺はトボトボと黒色の集まる方に歩く。


すると一気に道が出来る。


上級組と親しげに話す奴、しかもメフィーのような見た目だけはいい奴と話していればそうなるか。


「お疲れ様です」


だが一人、笑顔で迎えてくれる存在。


「……もう俺が貰いたい」


泣きそうになりながら、俺はリエルと共に教室に戻るのであった。


◇◆◇◆


「やっと飯だぁあああああああああ」

「疲れましたね」


お昼


やっとのことで授業を終えた俺ら。


ここで俺が叫んだ理由は純粋に休憩が出来ること、そして


「なぁリエル。一緒に食堂行かないか?」

「え?はい。もちろんいいですよ」

「一緒にウェンも連れて来ていいか?」

「もちろんです。みんなで食べた方が美味しいですからね」

「そうだな」


そう、攻略の手助けを行う。


忘れてはならないのはリエルにはしっかりと恋をしてもらい、聖女の力に目覚めてもらう必要がある。


そしてこうして実際に会えば、この子がめちゃんこ可愛く優しいことが分かった。


つまり時間さえあればどんな男でもイチコロ。


そんで、俺の親友もまたどんな女の子でもイチコロのイケメンだ。


「魔王なんてクソがいなければ俺が狙いたいが、背に腹は変えられん」


俺は上級組と下級組のエリアの真ん中でウェンを待つ。


元々昼は一緒に食べる予定だったので、ウェンと待ち合わせしているのだ。


ここにはあまり人が来ない。


上級組に会いたくない下級組、下級組に会いたくない上級組の意志が幸か不幸か重なり、あまり利用されていない。


だがここは利用されていない割に実に素晴らしい場所だ。


ステンドグラスから差す光はどこか幻想的で心地よい。


もし世界が救われた後は、俺も普通の生活に戻る。


そうしたらここでみんなとご飯でも食べるのもいいかもな。


コツ コツ コツ


足音が聞こえる。


きっとウェンだろう。


「遅かったな」


振り向く。


「遅かった?誰に向かってそんな口聞いてるの?」

「へ?」


振り向いた先には


「セ、セシリア!!」

「セシリア?」

「王女……殿下……」

「ええそうね。敬称には気をつけなさい。痛い目を見るのはあなたよ」

「へ、へへ、すいやせん」

「いかにも三下みたいな男ね。まぁいいわ」


そう言って長い黒髪をフワリと浮かし、近くにあった椅子に座る。


「……」

「……」


そして本を取り出し、読み始める。


「……」

「……」


気まずい。


どうしよう。


めちゃくちゃ離れたいが、ウェンとリエルを進展させるためにはウェンを待たないといけない。


でも


「(チラリ)」


ペラリとページを捲る。


本当に読んでるのか?と思わせるペースだ。


まるで俺の存在など忘れてしまったかのように本に熱中している。


それがなんだか妙に居心地悪さだけが広がった。


「(早く来てくれウェン!!)」


彼女の名前はセシリア。


この国の王女である。


優秀な父と母の遺伝子をもう片方とは違い、組まなくその身に宿した天才。


そしてこのキャラはゲームで言うところのライバルキャラのようなお邪魔役として登場する。


だが、他と違うのは時にはお助けキャラにもなり得る存在だということ。


しかし今回ばかりは確実に邪魔に入るだろう。


ならば関係を持たない方が得策だ。


「ーぇ」


俺はこのゲームの攻略法が頭に入っている。


そしてセシリアという他のアホどもと違い、ガチの危険人物とは関わらないルートを


「ねぇって」

「んだよ今忙しいんだよ」

「……」

「あ……」


時が止まる。


別に恋したとか特殊能力を受けたわけではない。


ただ走馬灯というか、俺という個人が止まったというか。


どうらにせよ


「随分な口ね」


俺は確実にやらかしたという事実だけが残った。

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