第5話

優しい風。


大木の間から見える木漏れ日は、荒れた俺の心を浄化するようであった。


「……どこだここ」

「あ、起きましたか?」


逆光で顔はよく見えないが、どうやら俺は誰かに膝枕されているらしい。


「あ、すみません。すぐ退きますね」

「あ、いや、別に大丈夫。俺の方こそいいの?」

「はい。この方が痛くならないので」

「ありがとう」


見知らぬ女性の膝の上というなんともいえない状況だが、確かに俺の心は穏やかな気分であった。


「こんな場所で倒れるなんて、何かあったんですか?」

「あー、ただの過労。少し勉強し過ぎた」

「そうなんですね。確かにお勉強は大事ですけど、倒れるまでするのはどうかと思いますよ」

「返す言葉もない。ただ、ここで諦めるわけにはいかないんだ」

「何か理由でも?」

「小っ恥ずかしいから理由は省くけど、家族の為だよ」

「何も恥ずかしがることはありません。私はカッコいいと思いますよ」

「そういうのは言わない方がカッコいいんだよ」

「そうなんですか?……そうかもですね」

「ああ、そうなんだよ」


暫く沈黙が続いた。


まだ出会って間もないにも関わらず、どこかこの静けさは苦ではなかった。


「よし」


俺は体を起こし、体を伸ばす。


「悪いな、迷惑かけて」

「いえ、私がしたかっただけですから」


最近ずっと鬼といたせいか、優しさが身に染みる。


将来結婚するならこういう人とがいいよな。


さて、この恩人様のご尊顔を拝見して、しっかりとお礼をしよう。


「改めてだが、もう一度お礼を言……わ……は?」

「え?」


突風が吹く。


プラチナブロンドの髪が、背景の木と共に一つの絵画を彩る。


その姿は正に、世界に祝福されたものであり、それが意味するのは


「リエル!!」

「え、どうして私の名前を」


そりゃ知ってるさ。


だってあなた


「主人公だもの」

「?」


こうして俺は後に聖女として覚醒する、今はただの美少女に出会ったのだった。


◇◆◇◆


「それではまた会いましょう」

「ああ、しっかりとお礼させてくれ」


互いに手を振り、去っていく。


寝たのは小1時間程だが、大分体の疲れは取れた。


「それにしてもあんなところでリエルに会うなんてな」


ある意味予想外だったが、これはこれでラッキーかもしれない。


ゲームあるあるだが、主人公には親友という名のお助けキャラがいる。


そいつの代わりとまではいかないが、俺は準親友役として、彼女を導く立場につければ最高の展開だ。


「事態は順調。後は俺が受かるだけだ」


こうして俺は少しの不安と期待を胸に抱き、家に帰るのであった。


◇◆◇◆


「あれ?」

「どうかされましたか?」

「いや、まさかメフィーが迎えに来るなんて思っていなくてな」

「私はずっとマスターの近くにおりました」

「そうなの?」

「はい。徹夜続きで脳が全く回っておらず、見ず知らずの人に話しかけまくり、試験終了後に集中力が切れて倒れ、名も知る少女に介護されるまで見ておりました」

「本当にずっとだな」


全く気付かなかった。


「それに私も用事がありましたので」

「そうなのか?まぁ俺は別にメフィーを縛る気なんてないけどな」

「私はあくまであなたの従者です。その意義がなければ、私はここに存在する価値など無いのです」

「へぇ」


よく分からないが、それでいいならそれでいいや。


「帰るか」

「そうですね」


メフィーと肩合わせで歩く。


そこには従者のような面立ちはなかったが、友達というには少し距離があった。


「不安だなぁ。受かってるかなぁ」

「先程の少女はお知り合いですか?どこか見知った様子でしたが」

「ん?ああ」


俺はメフィーにある程度自身の状態を説明した。


異世界から来たこと、この世界のようなゲームをプレイしたことがあること、そして魔王の復活により世界が滅びるかもしれないこと。


詳細は省いた(乙女ゲーの説明ほど辛いものはない)ため、メフィーにはとりあえず俺が魔王を倒すために行動していることだけ知ってもらっている。


だからメフィーはリエルを知らないのだ。


「間違ってはいないかな」

「顔目当てですか」

「違うわい!!」


確かにゲームだと一枚絵で見たことあるぐらいだったけど、実際見たらマジで凄かった。


ありゃ聖女なるわ。


雰囲気がやべーもん。


「まぁ俺はとりあえず静かに過ごすよ。出来るだけ目立たず、どうにかあの子を導いてあげることが俺の目標だ」

「気が向いたら協力しますよ」

「頼りにしてるな」


夕焼けが沈み、あたりからは科学では証明できない光が灯り始める。


まるで世界に俺とメフィー以外誰もいないような、そんな幻想的な空間が広がっていた。


「別にこれは答えなくてもいいんだけどさ」

「何でしょうか」

「メフィーはあそこに捕えられてたって言ってたけど、どういう意味?」

「……そうですね」


メフィーは一度足を止める。


「罰……でしょうか」

「罰?」

「はい。人に語るべき内容でもないので省きますが、私は罪を犯しました。その結果が侵入者を殺すただの人形に成り果てたわけです」


なんかよく分からんが


「よく頑張ったな」

「……」


俺の後ろにいるメフィーの顔は見えない。


だが


「マスターと一緒のこれからが一番大変でしょうね」

「おい!!」


多分その顔は


◇◆◇◆


俺は合格した。


結果はそこそこだった。


皆が小さな頃から勉強していたことをこの少ない時間で詰め込んだのだから当然といえば当然なんだけどな。


それでも合格した結果は事実であり、遂に入学式の日付まであっという間に過ぎ去った。


「教材よし、筆記用具よし、タオルよし、なんかヤバそうな液体よし、見つかれば独房にぶち込まれそうな固形物よし」


俺は心配性のため、出発前に持ち物を確認する。


「よし、それじゃあ行くか」

「お待ち下さいマスター」


なんだろう?


引き止められることなんてしたか?


「生徒手帳をお忘れです」

「おっと危ない」


一番大事なものを忘れてたぜ。


「それじゃあ改めて」


制服のネクタイを強く締め


「行くか」

「はい」


遂に俺の……いや、世界の命運が動き始めた瞬間であった。


「ところでメフィー」

「なんでしょうか」

「メフィーが学園に通うことは知ってた」

「はい、事前に通達しましたので」

「そうだな。それは別として」


学園にはとあるルールがある。


それは上級組と下級組というものが存在し、上級組とは主に成績上位者、及び貴族達が割り当てられる。


そんなこともあってか、下級組というのは下に見られる傾向にあるわけだ。


そんな上級組と下級組を分けるのは制服の色であり、赤が上級黒が下級なわけだが


「お前何で赤なの?」

「特待生で早めに終わらせた結果です」

「この前言ったんだけど、俺ってあんまり目立ちなくないの。貴族との厄介ごととか一番避けなきゃいけないの」

「承知の上です」

「じゃあなんでこんなことしたの?」


メフィーは悪びれることなく


「マスターにマウントがとりたかったからです」

「ふざけんなバカが!!」

「その言葉は誤りですね。バカというのは自身よりもーー」

「もうバカ!!ホントバカ!!なんで言いつけ守れないの!!子供なの!!」


もうやだよこの子。


これだけの美貌を持っていてば確実に注目の的になる。


そうなれば貴族達がこぞって彼女を手に入れようと躍起になるだろう。


その対策として一番いいのは、メフィーが下級組になることで上級組の下級組を下に見ることを上手く利用しようとしたわけだが


「お前も上級組だとどう考えても最高の餌じゃん」

「失礼ですね。餌だなんて」

「悪い、最高のバカだったわ」


はぁ


「もういいや。そもそも裏ボスさんがストーリーに登場する時点で無理があったんだよ」

「さすが私のマスターです。その切り替えの速さこそがマスターの美点ですよ」

「こいつ〜、都合いいといつも話に乗っかるんだから〜」


俺は軽くメフィーを小突き、二千倍で返された。


「倍返しです」

「死ぬわボケ!!」

「安心して下さい。マスターは心臓を刺されても死なない男です」

「死ぬから!!もう二度とあんな奇跡起こってたまるか!!」


まだ家すら出ていないのに、俺はこれから訪れる未来への不安で一杯一杯であった。

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