第3話

「いや……その……なんと説明すればいいのか」

「……」

「た、頼むメフィー。説明してくれ」

「かしこまりました」


メフィーは恭しくお辞儀をし


「初めまして、シスター。私の名前はメフィストフェレス。皆からはメフィーと呼ばれています」

「これはご丁寧にありがとうございます。ところで、メフィーさんはエルとはどのようなご関係で?」

「端的に申しますと、主従関係ですね」

「エル!!」

「違うんですぅ」


言葉が足りないよぉ。


「まさか……あなたがこんな子になるなんて」

「待ってシスター!!俺変わってないよ!!確かに昨日で大分変わったのは事実だけど、ちゃんと健全なままだから!!」

「ご安心下さいシスター。私はマスターの従者ではありますが、基本的に命令には従いませんし、セクハラでもしようものなら切りますので、ご安心を」

「そう?それじゃあ安心ね」

「安心じゃないよ!!俺の俺が逝っちゃうよ!!」

「セクハラですか?」

「言い方悪かったね!!ごめんね!!」


もうどっちが主人か分かんねーなこれ。


「それで?エル。もう一回言ってくれる?」

「ああ」


俺は勇気を振り絞る。


「ここを……出る」

「そう……」


それは俺の中で大きな決断であった。


今の俺は、前世の人格が大きな割合を占めている。


かと言って、今までの楽しかった日々や、幸せだった時間が無くなったわけじゃない。


俺の中で、この孤児院は本当の家族の家だ。


「もちろん顔を出しにくる、援助もするし、それにーー」

「いいのよ」


シスターは俺の言葉を止める。


「何か、理由があるんでしょ?」

「俺は……」


俺は前世と変わらずバカだった為、ウェンと違い元々学園に通うつもりはなかった。


だが、主人公を導く為には学園に通わなければいけない。


その為には


「平民として、学園の試験を受けないといけない」


ウェンは特待生として孤児からでも学園に通うことが許可された。


だけどウェンと違ってバカな俺はそもそも学園に通うつもりはなかった。


だけど事情が変わった今、俺は独立して一人の人間として認められる必要がある。


「みんな、寂しがるね」

「ちゃんとみんなにも言うつもりだ」

「思っていたよりも早いものね、子供が独り立ちするのは」


シスターの目が少し涙ぐむ。


「そりゃそうだ。もう俺も立派な大人だ」


頑張って喋ってるつもりが、鼻声になってしまう。


「エル」


手招きされる。


「……」


優しく、抱きしめられた。


「行ってらっしゃい」

「行ってくるよ」


俺は守るべきものを再確認した。


◇◆◇◆


「ハンカチです」

「どうも」


いつの間にか部屋から出ていたメフィーが何食わぬ顔で立っていた。


「よい、お母様ですね」

「そうだな。ところで、ずっとここで待ってたのか?」

「そうですね。ですが、一人の男性に話しかけられました」

「ん?」


男性


ここで男性と呼べるような奴は


「ウェンか?」

「恐らくその方かと」

「何の話をしたんだ?」

「誠実そうな方でしたので、めんどくさくて適当に追い返しました」

「おい!!」


誠実そうな奴邪険にするってどういうことだ!!


「思い出すんですよ。私に立ち向かって来た人間達に」

「あ、さいですか」


もしかしてメフィーって勇者(仮)のこと嫌いなのか?


「別に嫌いではありませんが、好きというわけでもありません」

「そっか」


ナチュラルに心読まれたのは気にしないでおこ。


「それと、申し訳ございません」

「何の話だ」

「私のせいでここを離れる必要がある点です」

「別に、物のついでだしな」


メフィーを孤児院に入れることはほぼほぼ不可能なため、新しい住居が必ず必要になってくる。


学園への入学と、メフィーの住居という点において、俺がここを出るのは最早避けられない道だった。


「いいえ、あなたは学園への入学を孤児院からでも可能に出来たはずです」

「無理無理、俺が特待生になれと?」

「可能でしょうね」

「どこをどう見てーー」

「以前の記憶を使えば可能でしょう」

「……」

「あなたが私と出会ってから発した言葉に、未知の言語がありました。そしてこの世界には、以前よりそう言った類いの超常者達がいます」

「それは普通に知られているのか?」

「この世界でいえば、私だけかと」

「この世界ねぇ」


メフィーと話してた謎の声さんは、きっと別の世界の生き物なんだろうな。


「なら尚更バレるわけにはいかないな。もし俺の知識で世界が変わったら俺は責任がとれん」

「別にマスター如きが責任を取る必要はないのでは?」

「よっし、言葉は辛辣だが許してやろう。俺は寛大だからな」


それとメフィー、俺の言葉の裏にはめんどくさそうという慣用句がついていることを察しような。


「あれ?」


すると幼い声


「エルお兄ちゃんと……え、え!!」

「サーニャ!!」


まずい、メフィーと一緒のところを見られる予定じゃなかったのに。


「みんなぁあああああああああ、エルお兄ちゃんがお嫁さん連れて来たぁあああああああああああ」

「時既に遅し、ですね」

「言っとくけどお前のせいでもあるからな?」


ドタドタと大量の足音が押し寄せてくる。


「エル兄が結婚……うわぁ!!エル兄どうやってこんな綺麗な人捕まえたの!!」

「凄い凄い!!お人形さんみたい!!」

「僕こんな綺麗な人初めて見た!!」


一瞬で周囲を囲まれてしまう。


「ねぇお姉ちゃん。お名前はなんていうの?」

「メフィストフェレス、メフィーとお呼び下さい」

「メフィス……長い!!」

「マイルはバカなんだから覚えられるわけないでしょ!!」

「じゃあサーニャは覚えたのかよ」

「え、えっと、メ、メフィーお姉ちゃんはメフィーお姉ちゃんでいいの」

「お前ら落ち着け」


今までにないくらい盛り上がるみんな。


「エル兄おめでとう!!」

「エルお兄ちゃん幸せにね!!」


そして気付く。


「ホント、良い子たちばかりだ」


完全に勘違いだが、みんなが俺の幸せを喜んでくれている。


それだけで胸がいっぱいになり、そしてその分


「みんな、少し話したいことがあるんだ」


激しい痛みが胸を刺した。


◇◆◇◆


「嫌だ」


誰かが呟いた。


「嫌だよぉ」


それに呼応するかのようにまた一人の声


そしてそれらは感染するかのように広がっていった。


「エル兄さん行かないで!!」

「エル行っちゃや!!」

「僕達のこと嫌いになっちゃったの?」


胸が張り裂けそうになる。


「俺だって」


やめろ


「俺だって」


それ以上口にすれば


「みんなとーー」

「行かせようよ」


声のする方を向く。


「サーニャ……」


その目は溢れんばかりの涙を、必死に抑えていた。


「せっかく……エルお兄ちゃんが幸せになろうとしてるのに、サーニャ達が邪魔しちゃダメだよ」

「そうだ」


そしてまた一人、マイルが同調する。


「俺らは家族なんだ。シスターが言ってた。いつかみんなバラバラになっちゃうけど、それでも、遠く離れてても家族なんだって」


いつの間にか……立派になりやがって。


「僕もエルを応援する」

「私も」

「俺も」


そこに悲しい顔はもうなかった。


あるのは俺の幸せを願うただの俺の大切な家族。


「泣かせんな馬鹿野郎」


全員が泣きながら笑う。


「よし!!今日はとことん遊ぶぞ!!」


そして夕方になるまでみんなと遊んだ。


「週に一回は会いにくるつもりなのにな」


膝の上で涎を垂らしている弟と妹達を見る。


まるで今世の別れみたいだったが、全然近くの家を借りるつもりなんだけどな。


「それに俺とメフィーは結婚しねぇよ」


将来どうなるかは知らんけどな。


「ありえません」


魅惑の香りと共に、メフィーが俺の横に座る。


「絶対にありえません」

「いやそんな否定せんでもええやん。俺別に喋ったわけでもないのに」

「すみません。顔が不愉快でしたので」

「その言葉が不愉快だよ」


主人に対してなんて態度だ全く。


「今日はこのままお休みに?」

「そうだな」


明日になれば暫くこいつらに会えないしな。


「お前はどうするんだ?」

「私には睡眠が必要ありませんので」

「凄いな」


やっぱり人間じゃないんだな。


「マスターも、朝早いのですから早く寝て下さい」


後ろに布団が敷かれる。


「あんがとさん」


そして俺はそのまま深い眠りにつくのであった。


【次の日】


「ふわぁああああああああああ」


思ったよりも早く目覚めてしまった。


「あれ?メフィーは?」


メフィーの姿がない。


どこかに行ったのだろうか?


「まぁいいや、顔洗うか」


ゆっくりと膝にある頭をどけ、洗面台に向かう。


メフィーの強さを実感してる俺としては、彼女が一人で歩いていて危険に陥ることなどまずありえない。


「おん?」


廊下を歩いている途中、外から話し声が聞こえた。


「なんだろう」


寝ぼけながら、声のする方に近付く。


それと同時に声の主に気付く。


「ウェン?」


この声は何度も聞いた親友の声。


どこか声も荒々しく、まるで怒鳴るかの勢いである。


「まさか!!」


不審者と遭遇したのか!!


「そういえば!!」


思い出す。


ウェンは実はこのゲームの攻略対象の一人であり、孤児出身ながら真面目な努力家と好印象なキャラだった。


だが、それと同時にトラウマがある。


それはある日、孤児院に侵入して来た賊と遭遇し、その時に付けられた傷により戦闘恐怖症に陥ってしまうというエピソードだ。


「クソ!!完全に忘れてた」


ストーリーの内容がクソすぎて頭から抜けていた。


俺は急いで外に向かう。


そして


「大丈夫か!!ウェーー」

「あなたが言いたいことを端的にまとめて下さい」

「その……つまり」


ウェンは恥ずかしそうに


「好きです!!付き合って下さい!!」


告白を決めていた


「えぇ」


相手は勿論裏ボスさんであった。







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