第2話
目の前の存在は、全てにおいて常軌を逸していた。
その美貌は言葉で語る尽くせず、彼女が武器を一振りすれば、それだけで俺の体が嵐の中に飛び込んだかのような強風に襲われる。
何より
「天使?」
「正確には違いますね」
白い翼を羽ばたかせる。
「元天使です」
「さいですか」
一歩ずつ近付いてくる何かは、油断も隙もあったものではないが、勝てるビジョンが一切浮かばない。
「ま、待て、少し話し合いをしよう」
どうにかして時間を稼がねば。
なんで俺がこんな場所に送られたか分からないが、この世界がゲームを元に作られたのであれば、必ず攻略法があるはず。
「話し合いですか」
「そ、そうだ。実は俺はあんたと争う気はなくてだな、突然ここに飛ばされたんだ」
俺の言葉に一瞬その端的な眉が動く。
「ではあなたは、実力でここまで来たわけではないと」
「そ、その通りだ。……あ、その通りです」
何かが少し考え事をしている。
「チャンスだ」
俺は周りを見渡す。
攻略の鍵を見つけ出せ。
「像、何か神を模しているのか?いや、このクソゲー作った奴が知識を使った問題を作れるはずがない」
見渡す
「後ろには……扉。デカすぎる、確実に俺では開けられないな」
見渡す
「奥には……祭壇?いや、棺か?」
どちらにせよあれの横を通るなんて無理だ。
「なるほどなるほど」
分かったぞ
「詰んだな!!」
無理だこれ!!
やっぱり初見プレーでクリアとか無理!!
「まさか、またあの人が何かを」
それと同時に目の前の何かの結論を出したようだ。
「そうなれば、やはり私はあなたを試す必要がありますね」
「ひぇ」
一歩、また一歩と死神の足音が聞こえる。
「ゆ、許して下さい!!何でもしますから!!」
「剣を抜かないのですが?」
いやいや、勝てるわけないでしょ。
悟◯相手に剣を使うとかバカの発想だって。
まだ命乞いした方が生きれる。
「やはり勘違いでしたか」
どこか失望したように、その槍を俺に向ける。
「剣を抜きなさい。最後くらい、戦って死んでは?」
「別に俺は武士とかじゃないので……」
死んで誉れなんて思うわけないでしょ普通。
「誇りはないのですか?」
「そんなものドブ川に捨ててきたので」
「無様ですね。今までここに来たものは皆、誇り高い心を持っていましたが」
「絶対それ勇者か何かですよ。一般人の俺と一緒にしないでくだせぇ」
「その変な喋り方、不愉快です」
「申し訳ございません」
ちなみに俺はずっと土下座している。
プライドがない俺は、もちろん頭も軽いのだ。
「ど、どうにか、命だけはご勘弁を」
「……条件があります」
「はい!!金でも何でも好きなものを用意させていただきーー」
「あなたの大切な者の命を差し出して下さい」
「……は?」
今
「なんて言った?」
「ふむ、孤児の子達ですか」
「な!!」
何故俺が孤児院にいることを!!
「む、無理だ!!あいつらだけは無理だ!!」
「ですが、あなたは何でもと言いました」
何かの後ろの空間が裂ける。
「安心して下さい、あなたの命は奪いません。よかったですね」
そこに映し出されたのは
「エル……お兄ちゃん……」
あぁ……クソが!!
「待てよ」
自然と剣を抜く。
「もしかして俺にビビっちゃった?そんな大層な格好してるけど、本当は弱いんじゃない?」
「私が弱い、ですか」
「正直負ける気がしないね。今まで殺してきたゴブリンの方がまだ怖かったぞ?」
「そうですか」
槍を一振りし、俺は死の風を感じる。
「カ、カッコつけちゃってんの?」
それは俺だろうに
「おら早く来いよ!!もしかしてビビってんのか?」
ちびりそうなのは俺だけどな
「お前から来ないなら」
震える足を
「俺から行くぜ!!」
前に出す。
「賞賛します」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
「あなたは」
死にたくない死にたくない死にたくない死にたく死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
「勇者だ」
俺の胸に死が刺さる。
「終わりです」
ゆっくりと体から何かがこぼれ落ちていく。
「なぁ、どうしてだよ」
「なにがでしょうか?」
「どうして泣いてるんだよ」
「え?」
彼女の目から涙が落ちる。
「俺を殺したんならせめて嬉しそうにしてくれよ。俺が浮かばればいだろ」
「それもそうですね」
彼女は下手くそに笑う。
「だっせ〜」
「すみません、笑ったことがあまりないので」
「そりゃ人生の大半を損してるな。人か知らねぇけど」
何故俺は自身を殺した者と語り合ってるのだろうか。
まぁいいや。
「どうせ死ぬんだ」
「あなたは不思議な人ですね」
彼女は俺の横に座り、その白い肌に赤い液体が触れる。
「小心者で臆病、その上プライドの欠片もない」
「え?急にバカにされてる?」
「ですが、そんなあなたが私に剣を向けた。足が震え、持っている剣も辛うじて手についているようなものでした」
「すみませんね、ビビってて」
「そう、あなたは恐れていた。今まで私に挑んで来た者達は、皆私に勝てると信じているか、勝てないと分かっても笑顔で突き進むような人達でした」
「そりゃ大層ご立派だ。俺なんかと違うね」
「その通りです。あなたのように煽るような真似はしませんでしたから」
「えぇ〜、そこは否定するとこでしょ」
「事実は事実です。ですが、彼らはある意味勇ましくなかった」
「どこかだ?俺なんかより逞しいったらありゃしないだろ」
「いいえ、彼らには恐れがありませんでした。怖い者に立ち向かったのでなく、強い者に立ち向かったのが彼らです。そしてあなたは、恐ろしい者に立ち向かった」
彼女は真剣な目で
「もう一度、賞賛に値します」
「一つだけ、間違いがあるな」
彼女は少し間違えている。
「俺が立ち向かったのは恐ろしい怪物なんかじゃなくて」
今目の前にいる
「ぶっきらぼうに笑うことしかできないバカ女だ」
「……」
どうやら俺の脳は乙女ゲーに侵食されたらしい。
死に際に何言ってんだ俺
「何言ってるんですか」
彼女も同じ感想を抱いたのか
「やっぱり、不思議な人です」
おかしそうに笑った。
『課題1、60秒以上の生存、クリア』
突然アナウンスが鳴り響く。
『課題2、メフィーに接触する、クリア』
淡々と流れる言葉かに思えるような、まるで長年会えなかった恋人に会った時かのような声でアナウンスは続いていく。
『課題3、メフィーに認められる、クリア』
先ほどから聞くメフィーとはもしや彼女のことだろうか?
よく分からないが、俺のちっぽけな行動がこんな凄いやつに認められたってのは悪い気がしない。
『裏課題、メフィーの笑顔、クリア』
「私……笑ってたんですか?」
自身の顔にそっと触れるメフィー。
「まぁ最後は確かにいい笑顔だったと認めざるを得ないかな」
彼女の言葉に平然と言葉を返すが、ところで俺って流石に生きすぎじゃない?
なんかさっきから傷も痛まないし。
『おめでとうございます。あなたは見事、ダンジョンをクリアしました』
あーよく聞くとこの声、確かここに俺を飛ばした張本人か。
「ふざけんな!!何がクリアじゃ!!お陰で俺は死んでるわ!!」
『申し訳ございません。ですが、あなたの傷は既に完治させていただきました』
「へ?」
胸を触る。
「傷が……」
塞がってる。
「よ、良かったー」
『続いて挑戦者へのクリアボーナスです』
「いやーなんか死にかけたら勝手にクリアしただけど、きっと凄いものが貰えるんだろうなぁ」
『挑戦者へメフィーをプレゼント致します』
「なんだろうな、やっぱり金銀財宝とか?それとも最強の武器?いや、もしかして特殊能力とか?」
『メフィーです』
「まさか!!このダンジョンの主になるとか!!ダンジョンマスターとか憧れたんだよなぁ」
『あなたがなるのはメフィーの主人です。クリアボーナス受け取ったんなら早く帰れや』
「いやふざけんな!!」
どういうことだよ!!
「何でさっき俺のこと殺そうとした子貰うの?普通そこでやったぜ!!ってならないから!!」
「私も聞いていません。確かに私の体が今自由になったのは感じましたが、何故この男の所有物とならねばならないのですか」
自由?
『メフィーは実はこのダンジョンに囚われていました。この裏課題をクリアするまで、メフィーはただ、侵入者を殺すことしか出来ないままだったのです』
え?そうだったの?
「私が好きでこんなことしてるとでも?」
「いや分かんないってそんなの。俺君のことよく知らないし」
『そしてメフィーはダンジョンから解放されましたが、それと同時にメフィーの所有権があなたに移りました』
「何!!」
そんなバカな!!
「つまり俺はこんな美人を好きにできると!!」
メフィーがゴミを見るような目で俺を見る。
『不可能です』
俺の夢は一瞬で消えた。
『あくまでメフィーが拒絶反応を起こさなければ命令可能ですが、彼女が無理だと感じたことは命令出来ません』
「な、なるほど」
『これならメフィーも安心では?』
「そう……ですが」
『行ってきなさい、メフィー。あなたはもう十分、仕事を果たしました』
「そんな……」
もしかして俺場違い?
ちょっと空気に変身しとこ。
『確かにこの男はバカで、クズで、臆病ですが』
「確かにこの男はアホで、ダメで、ビビりですね」
おっと?
空気だって怒っちゃうんだぞ?
『きっと、楽しいことがありますよ』
「……」
『それにこの男は、放っておいたらすぐに死にますよ?』
「それも……そうですね」
どうやら話し合い(俺への悪口)が終わったようだ。
「しょうがないから、私がこの男を守ってあげます」
『楽しんで来て下さいね』
そしてメフィーは俺の前に立つ。
「これからよろしくお願いします、マスター」
「まぁなんだ、よろしくな、メフィー」
こうして俺は、裏ボスを仲間にした。
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