聖獣になった破滅済みの悪役令嬢は、冷血王子に溶けるほど溺愛されていると気づかない ~美人王子と男装麗人に愛され両手に花ですが、知識チートで乙女ゲームの世界を脱出させていただきます!~
第6話 良いことの後には悪いことがやって来る。人生は山あり谷あり。
第6話 良いことの後には悪いことがやって来る。人生は山あり谷あり。
乙女ゲームの続編情報を得た凜は、スキップでもしたい心持ちで会場を後にした。
ウキウキした気分で複合施設の外に出た凜は「凜ちゃん!」と呼ぶ男の声に気づき、思わず足を止めた。
――この声は……
悪い予感を感じつつも、凜は声のする方を見る。そして、予感は残念ながら的中したと知った。
よく見知った人物が手を振りながら、凜の方へ駆けて来る。爽やかで明るい印象、なかなかの好青年だ。
「あ……
その名前を口にした瞬間。この悪い事態に現実味が増し、イベントのおかげで楽しい気分だった凜の気持ちは、一気に沈んだ。
何故なら、こちらに駆けてくるその青年は先日、浮気をされた挙句に別れることになった凜の元カレだったからだ。
――こんな所で会うなんて……もう二度と関わり合いにはなりたくなかったのに……
そうは思ったが、無視を決め込んでは遺恨が残り、後々困る事もあるかもと感じた凜は、嫌々ながら立ち止まったまま、元カレの晶が彼女の傍に来るのを待った。
「奇遇だね」と晶。
――楽しい気分だったのに、アナタのせいで台無しです。
そう思った凜だったが「そうだね」と、無感情な相槌を返す。
すると、晶は「ここで今日、仕事関係のイベントがあってね。イベントが終わって帰ろうとしたら、凜ちゃんが歩いてるのを見かけて……思わず声をかけちゃったんだ」と、訊いてもいない事情を教えてくれた。
――イベント? それって、もしかして……
凜の脳裏に、先ほど後にしたばかりの乙女ゲームの公式イベントの様子が過る。そして、彼女は確信した。
――そうか! あのゲームをくれたのは、晶くんだもんね……
晶の言う仕事関係のイベントとは、自分が先ほどまで参加していた乙女ゲームのイベントの事だと察し、凜は一人で納得する。そして、作り笑顔を浮かべると「そうなんだ」と応じ、逃げ口上を口にした。
「それは奇遇だったね。それじゃあ、私はもう帰るから……」
そういうや否や、凜は踵を返し、歩き出す。
「あッ! 凜ちゃん、待って!」
晶の引き留める声が、背後で聞こえた。だが、今度は聞こえないふりをする。話してみて気づいたが、この浮気男と同じ場所で同じ空気を吸うことは、まだ凜には苦痛を伴うものだったのだ。
――とっとと、退散しよう!
そう決断した凜は、複合施設の敷地内から急ぎ足で出る。そして、複合施設の傍にある歩道橋へと足を向けた。
「待って。待って、凜ちゃん! 話があるんだ」
――げげッ! 追って来やがった!
晶が自分を追ってくるのを感じ、振り返ることなく凜は急ぎ足で歩道橋を上る。
トッ、トッ、トッ、トッ。
トン、トン、トン、トン。
二つの足音がし、見なくとも晶も歩道橋を上ってきたのだと分かった。
息を切らせながら、凜は階段を上り終える。すると、目の前に背中を丸めて歩く男性の姿を見つけた。前を行く男性は、手にしている冊子のようなモノを読みながら歩いているようだ。
――読書しながら? 危ないな……
男性の非常識な様子を見た凜は、追ってくる晶の事を一瞬忘れ、思わずその男に注目した。そして、注目したことでその男が何者か分かり、彼女は驚き立ち尽くす。
凜を立ち尽くさせた人物。それは、乙女ゲームの公式イベントで登壇していたシナリオライターだった。
――すごい偶然! 話しかけてみたい!
凜のオタク心がうずく。
――でも、知らない相手に急に話しかけられるなんて、ああいうタイプの人にとっては、きっと迷惑だよね。
公式イベントでのおどおどしたシナリオライターの姿を思い出した凜は、声をかけることを躊躇った。
その時だ。
「凜ちゃん……足が……速いんだね」
息を切らせながらそう言う男の声が背後でして、凜はハッと我に返った。
――そうだった! 今は
凜は気持ちを切り替え、晶を引き離そうと、改めて歩き出す。もちろん、その歩く速度は速い。
それに比べ、前を行くシナリオライターはよそ見しながら歩いている事もあって、歩く速度は大変遅かった。
凜とシナリオライター、それに晶の距離は、どんどんと縮む。
そんな中。
冊子に目を落としたまま歩くシナリオライターが、ついに歩道橋の端に辿り着いた。彼は階段を下りるために、のっそりと向きを変える。
――追い越そうか? それとも、この人の後を下りようか?
凜の背後で何事か言っている晶を無視して歩き続ける凜が、そう思案し始めた時だった。
「あれ?
晶が、シナリオライターに唐突に話しかけた。
「え?」
素っ頓狂な声を上げたシナリオライターが、凜たちのほうへ振り返る。それと同時に「あ……」と間抜けな声を上げ、バランスを崩した彼は、階段の方へ倒れ込んだ。
――いけない! 落ちちゃう!
あまりにも短い時間のことで、どう判断したのかは分からない。とにかく凜は『危険だ!』と感じた。そして、歩道橋の鉄製の床を強く蹴ると、彼女はシナリオライターに向かって手を伸ばす。伸ばした凜の手が、辛うじてシナリオライターの手首を掴んだ。
――引っ張らなきゃッ!
そう思い、凜は力いっぱいシナリオライターを自分の方へ引っ張る。
すると、引っ張った反動だろうか。シナリオライターの居た階段の方へ、凜の体が自然と倒れ込んだ。
――あ……コレ、ヤバいヤツかも?
そう思った瞬間だった。
どこから発せられた光だったのかは、今となっては分からない。気が付くと目を開けていられないほどのまばゆい光に包み込まれ、凜は意識を失った。
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