聖獣になった破滅済みの悪役令嬢は、冷血王子に溶けるほど溺愛されていると気づかない ~美人王子と男装麗人に愛され両手に花ですが、知識チートで乙女ゲームの世界を脱出させていただきます!~
第5話 ノートを抱きしめている理由には、興味がありません
第5話 ノートを抱きしめている理由には、興味がありません
「ところで、赤月さん。お持ちになってるソレは何ですか? ノートに見えますけど……」
言いながら男性声優は、シナリオライターが抱え込んでいる大学ノートらしきものを覗き込む。
すると、シナリオライターは丸まった背中をビクリと伸ばした。そして、上ずった声で「す、すみません!」と言うと、話し出す。
「急に舞台に上がるように言われたので、いつも持ち歩いてるモノを持ったままでした!」
シナリオライターは、ノートを持って舞台に上がった経緯を語った。
――違うよ。誰も、アンタがそれをうっかり持って来ちゃった背景なんて、全く興味無いよ!
凜は心の中で、またツッコミを入れる。
凜のそのツッコミは的を射ていたようだ。シナリオライターの答えを聞いた男性声優は「そうなんですね」とにこやかに相槌を打つと、すぐさま質問を深めに掛かった。
「それ、何のノートか訊いても良いですか?」
――ですよね。訊きたいのは、そこですよね!
今や当事者気分の凜は、無言のまま大きく頷く。
シナリオライターは「えっと……」と言いながら、抱きしめるノートに視線を落とした。それから、たどたどしくはあるが、ノートについて話し始める。
「いいアイデアを思いついたら、ノートに書きつけるのが習慣になってて……」
シナリオライターのこの言葉に、男性声優は目を輝かせた。そして、彼は「じゃあ。このゲームのアイデアも、このノートに書いてあるんですか?」と、少し興奮した様子で訊ねる。
男性声優の前のめりな言動にタジタジになりながら、シナリオライターは「そうですね」と頷いた。それから「このノートは、このゲームのアイデアばかりかも……」と続ける。
――めっちゃ貴重な
大好きな乙女ゲームの原案が、あのノートに書き連ねられていると知って、凜の心臓は高鳴った。
それは、凜の周りの観覧客も同様らしい。会場は明るくざわめく。
男性声優も「すごいノートじゃないですか!」と、声を一段高くして興奮気味だ。
「見せてもらっても良いですか?」
興奮冷めやらぬ様子で、男性声優はシナリオライターに訊ねた。
シナリオライターは不安そうに「構いませんが、字が汚いから……読めないかも……」と言い、ノートを男性声優に渡す。
男性声優は「わあ! 感激です」と言いながら、ノートを受け取り、パラパラと捲ると話し出した。
「このノートの書き付けから、このゲームが生まれたんですね!」
そう感慨深げに言い、男性声優は更にページを捲っていく。
時々感想を述べながら、男性声優が最後までページを捲り終えた時だ。彼は「ん? これは?」と、疑問の言葉を発した。
すると、ノートを覗き込んでいたシナリオライターが「あッ」と、何かに気づいたような声を上げると、短い説明を口にする。
「それは……
シナリオライターの言葉に、男性声優は「知ってます!」と明るく応じた。そして「それって、縁結びで有名な神社ですよね?」と、シナリオライターに訊ねる。
シナリオライターは「ええ」と頷くと、次のように御朱印がノートに押されている理由を語った。
「ゲームのヒット祈願のために無理を言って、このノートに御朱印を頂いたんです」
男性声優は納得した様子で「なるほど、そう言う事なんですね! 面白い事をされますね」と、愛想よく相槌する。
このようにして、男性声優が終始リードする形で、トークショーは終盤を迎えた。
「あっと言う間に、エンディングのお時間ですね」
男性声優がイベントの終わりが近づいていることを告げる。
すると、会場じゅうに落胆のため息が広がった。その様子で、会場にいた客たちがこのイベントを終始楽しみ、この時間が終わることを寂しく思っているのが伝わってくる。
このイベントの成功は、間違いなく司会進行の男性声優のおかげだと、凜はしみじみと思った。
そんな名残惜しいムードの中。
男性声優が「最後に」と言って、シナリオライターに改めて話しかけた。
「重大発表があると、お聞きしてるんですが……」
会場じゅうを見回し、思わせぶりな態度で男性声優が言う。
――重大発表?
思わぬ情報に、凜の心臓がトクリと跳ねる。それは他の観覧客たちも同じだったようで、凜の周囲の人々がざわつきだした。
訊ねられたシナリオライターは、イベントも終盤だというのに未だに緊張した様子だ。だが「ええ。実は……」と言って、彼はモソモソと話し出す。
凜たち観客は、シナリオライターの言葉を一言一句聞き逃すまいと、静かに耳をそばだてた。
「皆様の熱いご声援のおかげで……続編の製作が決定しました……」
シナリオライターがそう言うと会場中が、ワッと大きな歓声に包まれる。それは、一段どころではなく大きな歓声だった。凜が喜びつつ辺りを見回すと、彼女の周りの観客たちも皆、一様に嬉しそうに表情を輝かせている。
――マジかぁッ! めっちゃ良いニュースじゃん! もっと、嬉しそうに発表しようよ!
思いがけない嬉しいニュースに、凜の心に歓喜の念が広がる。それと同時に、こんな重大ニュースを湿っぽく伝えたシナリオライターへのツッコミが、頭の中で止まらなかった。
「発売時期などは、まだ未定なんですよね?」
もともとこの情報を知っていたのだろう。男性声優がシナリオライターの言葉を補足する。それから、彼は満面の笑顔を見せると元気いっぱいに叫んだ。
「皆様是非、続編にもご期待くださいね!」
こうして乙女ゲーム『シンシア~ガランデッサの聖女騎士~』の公式イベントは、大盛況のうちに終幕したのだった。
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