破滅済み悪役令嬢は、ヒロインを凌駕する力を手に入れて、最強の聖獣として脚光を浴び成り上がる!~でも近日発売の乙女ゲーム続編をプレイしたいからゲーム知識チートで異世界脱出を模索中~

babibu

第一部(完結)破滅したようですが、記憶にございません。

第一章 舞い戻り、沼って早々に一大事!

第1話 始まって早々で申し訳ありませんが、破滅済みです。

 グオォォオォッ!


 かすれた低い雄叫おたけびを上げながら、イレーネににじり寄って来るモノがある。

 それは二体のしかばねだ。それらは、どう見ても命を失い長い年月が経っている。そうであるのに、二体の屍はなぜかフラフラと歩いていた。

 そんな屍の着衣は黒々とした湿った土で汚れていて、その着衣の下からのぞく身体は骨と皮だけだ。

 二体の屍は、イレーネに向かって手を伸ばす。その手のひらも、彼らの着衣と同じで土まみれだった。


 ――うわッ! こんなのに触ったら、こっちまで泥だらけになっちゃう!


 屍の有様ありさまに、イレーネはゾッとする。

 イレーネの目の前で起きているのは、普通の人間なら命の危険を感じかねない場面だろう。そうであるのに彼女は、命の危機にではなく、屍に触れて自身が汚れるのを心底恐れていて、ある意味肝が据わっていた。


 接近する二体の屍は、ほぼ同時にイレーネに飛び掛かる。

 イレーネは「ヒエッ!」と小さな悲鳴を上げながら、二体の屍をヒラリ、またヒラリと避けた。

 するとイレーネの後方から「何でけるんですか? しっかり倒してくださいよぉ」と、批難がましい男の声がする。


 ――他人事ひとごとだと思ってッ!


 ギリリッと歯ぎしりしつつ、イレーネは声のする方を振りかえった。

 イレーネが振りかえった先にいたのは、無表情の背の高い男だった。

 細面ほそおもてで切れ長の目を持っていて、男前よりは、美人と形容したほうがしっくりくる見た目だ。彼は、長くまっすぐな髪を右肩にながし、ゆるく纏めている。黒に近い茶色の髪色は、彼の肌の白さをより際立たせていた。そんな彼は、黄みがかった上質な絹の衣をまとっていて、その姿には神々しささえ感じる。


 ――違う。ハクウンじゃない。泣き言を言ったのは……


 背の高い男。ハクウンが一心に何事か呟いているのを見て、イレーネはさとった。彼女は、彼の背後に目をやる。

 すると、今にも泣きださんばかりの表情をした別の男が、ハクウンの背後からひょっこりと顔を出した。胸元辺りまである柔らかそうな黒髪を後頭部の低い位置で束ねていて、緑を基調にした着衣は品も質もいい。赤い瞳は優し気で、顔立ちも端正だ。だが、怯えて頼りない表情が、すべてを台無しにしていた。よって、彼から感じるのは、残念ながら情けなさだけだ。


「コウキ。勝手に付いて来ておいて……私に指図するなんて、いい度胸ね!」


 情けない男。コウキに、イレーネは苦言を呈する。

 そんな中。イレーネが避けた屍が、いきおいをそのままにハクウンとコウキに接近した。


「ヒイィィイィッ!」


 目前に迫って来た屍に怯え、叫び声を上げたコウキは、ハクウンの背後に再度逃げ込んだ。

 だが、コウキとは逆に、屍の襲来にもハクウンは動じない。屍の襲来に反応してだろうか。何事か呟いていた彼の口元が、キュッと軽く結ばれた。そして、利き手に持つ金錫きんしゃくを屍に向け、悠然とした態度で一文字いちもんじに振る。


 シャランッ!


 ハクウンの利き手の動きに合わせ、鈴にも似た清らかな音がした。同時に波動の具象化を思わせる光る一本の線が出現し、二体の屍に向むかって飛んでいった。


 光の波が屍たちとぶつかる。


 グギャオォオォオォッ!


 光の波にぶつかった屍たちが、叫び声をあげた。そして、ちりとなって消滅する。

 振り終えた金錫で、ハクウンは地面を軽く突く。すると、金錫の飾り同士がぶつかるシャラリと涼やかな金属音が、再度聞こえた。


「付いて来てしまったのは仕方がないが、せめて静かにしてくれ」


 先ほどまで屍が居た前方に視線を向けたまま、ハクウンもコウキに対する苦言を口にする。

 すると、またひょっこりとハクウンの背後から顔を出し直し「第二王子殿下」と彼に呼びかけると、コウキは主張した。


「この近隣には、私が出資している甘味処があるのです。悪魔が出没するなんて、店にとって死活問題なんです! 出資者として、状況の確認は必要でしょう?」


 コウキが弁解するのを聞いたハクウンは、不愉快だったのだろう。彼はやや眉根をよせ「その呼び方はやめてくれ。もう王族ではない」と、いらだった口調で言った。

 その時だ。


 グオォォオォッ!


 イレーネとハクウンの死角から叫び声がして、二人はハッとした。


 ザンッ!


 グギャオォオォオォッ!


 イレーネたちが、声のした方へ振り返った直後。硬く鈍い音がして、叫び声の質が変わる。そして、オレンジ色の長い髪を高い位置でポニーテールにした後頭部が、イレーネたちの目に飛び込んできた。

 ポニーテールの人物が、イレーネたちの方へ振り向き、紫がかった瞳を持つ美しい目を厳しく細める。


 ――怒り顔してても、さわやかイケメン!


 目の前の光景に、イレーネは心の中で思わず感嘆した。騎士の衣装をまとい、剣を振る姿がこんなにもさまになる人物を、彼女は他に知らない。


「三人とも、言い合いをしている場合じゃないでしょう」


 ポニーテールの騎士が、イレーネたちをとがめる。

 叱られたのだから、縮みあがるべきなのだろう。だが、その騎士の声色は転がる鈴の音を思わせ耳に心地よく、イレーネは思わず聞き惚れてしまった。

 そこへ、ポニーテールの騎士に「そうですよ!」と同調するまだ幼さを感じさせる声がする。


「イレーネお嬢様。聖騎士様の……シンシア様のおっしゃる通りですよ」


 言いながら、愛らしい見た目の少年が、シンシアの傍らから顔を出した。少年は金髪に見まがう明るい茶色の髪の持ち主で、明るく濃い桃色の瞳をイレーネに向ける。


 ――ハルにまで怒られちゃった。


 面目なく感じ、イレーネは「ごめん、ごめん」と軽い調子で、シンシアとハルに謝罪した。

 シンシアがため息をつく。そして「さあ、まだ敵が来るようですよ」と言い、彼女は剣を構え直した。

 シンシアの構えなおした剣がキラリと光る。

 光が気になったイレーネは、シンシアの持つ抜身の剣に注意をむけた。すると、磨きあげられた剣身けんしんに、まわりの情景が映る。剣身には、たてがみのない白獅子ホワイトライオンに似た獣のすがたが映っていた。


 グオォォオォッ!


 正面からまた雄叫びが聞こえる。イレーネはすぐさま剣身から目を離し、雄叫びのするほうへむきなおった。そして彼女にむかってくる屍を、前足の強靭で鋭い爪で切り裂きつつ、投げ飛ばす。


 ――マンガや小説の悪役令嬢は大抵、ちゃんと破滅を回避するのに……


 跳ね飛ばされ、吹っ飛んでいく屍を目で追いながら、イレーネは今見たばかりの白獅子の姿と強靭な鋭い爪を思い出した。それから、次のように思い、情けない気持ちになる。


 ――死ぬほどプレーした大好きな乙女ゲームの世界。こんな世界で破滅するなんて……わたしって、ほんとうにダメね……


 おのれの不甲斐なさを感じたイレーネは、この世界に来る以前の出来事に思いを馳せるのだった。

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