第12話 今生の別れ

 二人が結婚することを、俺は肇から聞いた。俺は開いた口が塞がらず、思わず喫茶店の水の入ったコップを取りそこねてしまった。

「けけけ、結婚!?」

「ああ」

 神妙な顔で肇は頷いた。

「驚いたな……てっきり振られたままだと思っていたが」

 樹がいなくなってから、皆3人で集まるのを意図的に避けていたところがあるから、全く気がつかなかった。

「振られたっていうのはデコイで……実は告白された日にその……」

「何変な気ぃ回してんだよ! 俺とお前の仲だろう。水臭い真似はよしてくれよ」

「……ごめん」

「いいよ。どうせ俺が初にやっぱり気があるから話さないようにしようとかなんとか考えていたんだろう。いいよそういうのは。初に理路整然と振られた後、別の女の子と付き合うことになって、その人と結婚したことをお前知ってたろう。というか結婚式来たろ。傷つくとしたら、お前ら二人が結婚したことより、それまでの過程で黙られてたことだよ……馬鹿…………」

「確かに……本当に申し訳ない…………」

「ま、いいけどな」

 俺はカフェオレをちゅごごと吸った。

「幸せにな、肇」

「ありがとう」

「……樹のことだけどさ。あんまりもう、追わないほうがいい」

 肇がストローをがりっと噛んだ。

「……いか」

「ん? なんだって」

「それができたらどれだけいいか」

 苦痛に顔を歪ませて、肇は俯いた。

「まだ便りはきてないんだ。まだ生きているかもしれない。はっきりした通知が来ない限り、僕らは彼の生存に一縷の希望をかけていくんだ。……そう決めたから」

「苦しくなるのなら、やめろよ」

 俺は諭した。

「自分たちが幸せに生きられるのが一番だろう」

「……貴方がそう言うんですか。樹をあんなにも愛した貴方が」

「答えのない問いを追いかけても、その先に幸せがなければ有害だ。俺は樹を思い出として心に住まわせてる。俺は俺の人生をきちんと生きることに決めているんだ」

 俺は煙草をふかした。

「そういう生き方だって、あっていいだろう」

「……」

 肇は悲しげに瞳を彷徨わせた。一つの時代が終わろうとしていることを悟ったのだろう。この後、俺達は疎遠になるなという予感が胸を過ぎていった。俺は吸い殻を灰皿にやって、立ち上がった。

「じゃあな、肇。また縁があれば、どこかで会おう」

「もちろん」

 握手をした。今生ではもう会わないような気がしたから、時間をかけて彼の手の感覚を味わった。

「またな」

「うん、また」

 そして俺は、白い光の満ちる道へ出た。戦後復興の著しい町は、今日も賑やかだ。どうか樹が、こんなところにいられていますように。そう短く祈って、俺は日常の方角へ、歩を進めた。

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