第10話 藍の交わり

 彼の住む離れで、肇さんは、悲しげに目を細めた。

「ごめん、初さん。あなたの気持ちには応えられない」

 私は笑った。

「ええ、分かっているわ」

「……そうなの?」

「だって貴方、兄のことしか見ていなかったじゃない」

 私にはどうしても分かってしまう。肇さんが兄を深く愛していたことを。だからこそ、私は彼と一緒にいられたなら、彼の不在を嘆かずに済むのではないかと、浅ましくも思ったのだ。

「貴方と共にいられたなら、兄のことを幸せな記憶とともに思い出せると思ったの。だからこれは、私の不純なわがままなの」

「そこまで分かっていて、どうして、」

「だって貴方は、私を受け入れるからよ」

 私は肇さんに抱きついた。

「お願い。貴方の哀しみを分けて。私の悲しみをあげる」

 肇さんは驚いたように私を受け止めた。それから、お互い溺れるような交わりをした。こうでもしきゃ、彼を忘れられない。ごめんなさい、務さん。こうするには、あなたはあまりにも陽だった。私が欲していたのは、恋人ではなく、身体を通じて暗い水を分かち合ってくれる相手だったの。……もしかして、兄が言っていたのはこのことだったのかしら。翻弄してしまう形にはなってしまったけれど……。

 私はあどけなかった少女時代にお別れをした。務さんとはもう目を合わせることすらできなくなるかもしれない。でも、これでよかった。

 肇さんは泣いていた。私の頬をなぞって、「樹」と慟哭した。私はその深く暗い感情を受け止めた。そうすることによって兄がここに蘇るとでもいうように。各地では戦火が絶えない。戦況は悪化していた。彼は無事ではすまないかもしれない。彼が泣いたのは、それを思ってのことだろう。彼の白い肌が、これから訪れる季節に降るもののように淡く光っていた。それはこの世の光だった。彼は大丈夫だ、と私は思った。

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