第2話 ダムを制御しようとするテロリスト

 「絵野さん、この計画を進めるとどうなるかわかっているんだろうな?」

 「あぁ、もちろん。トウキョウの一部が水びたしになるなんて最高じゃん? 想像したら笑っちゃうよな」絵野は木にもたれている。

 「あんた、相変わらず・・」周には絵野の感覚は理解できなかった。

 「いや、いや指導部の指示じゃねぇーか。このことについては何度も打ち合わせしただろ」絵野は飲んでいたペットボトルを投げ捨てた。

 「指導部はこのアジア圏を統一したいんだろ。欧米の影響力を弱めたい。この日本に対して」

 「そのために、ダムの制御を握り、大雨のタイミングでダムの放流を始める」タカはつぶやくようにいった。

 荒川ダムの門を解放する。長雨で水を溜めているダムを放流する。当然、荒川下流の放水路は既に制圧している。逃げ場のない水はトウキョウの標高の低い区、墨田区、江東区、江戸川区を中心に広がっていく。トウキョウの中枢である千代田区、新宿区、港区にまでもう少し、急所を握ったと同然だ。雨が天気予報通りに降りさえすれば、少しずつ首都の機能は麻痺していくはずだ。

 「荒川の河口がパニックになろうが、俺には知ったこっちゃねぇな。報酬をもらって、雲隠れさ。飯が上手いところがいいね。静かで。」絵野はこのミッションのために半年間、体力作りからやってきた。

 「そういえば、日本の諜報員すごいね。前に捕まりそうになった。あいつらみんな超能力者か、何かか?」絵野は早口にいった。

 「そうだ。聴覚を何倍にも増幅させているらしいな。隣の部屋でシャーペンが落ちてもわかるってよ。諜報員の行動が筒抜けだってさ。あんただって同じようなものだろ?」

 「私はそんなに凄くないね。前にカラテマスターにボコボコにされたよ」周は武術の相当な使い手だ。その周がやられたってこと相手はどんなやつだろうか。

 「そういえば、いつぐらいから本降りになりますかね」スマホで天気予報を見ると、明日の昼過ぎからだった。1週間は続くらしい。関東を東西に横断するような線状降水帯が発生する。荒川の下流にある地下の放水路を堰き止め、秩父のダムが解放されれば荒川の下流部分から流域が浸水していく。トウキョウの破綻は始まるだろう。

 自分の祖国の破綻のきっかけを作る。絵野は自分が冷静なことに驚いた。これは自然災害を利用したテロだ。指導部はトウキョウの一部を浸水させた後、まだまだプランを用意しているのだろう。テロだけではなく、幾つもの可能性がある。

 絵野は星のない夜空を眺め、ダムの電子制御システムを乗っ取るためのハッキングプランを再度イメージした。

 「周さん、少し雨が降り出したみたいだ。雨が強くならないうちに進もう」

 二人は再度リュックを背負い、荒川ダムの管理システム棟に向かって進み始めた。

 数日後、荒川の下流の一部が水没し、数名の死者が出た。

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