第5話 彼女の真意

「分かってもらえたところで物語の核心へとせまるわよ。息子の『君のいやなことってどんなこと?』という質問に、彼女は『家族の気持ちがばらばらになること』って答えたの」


「ほえ~。その言葉は深いね」


水香みずかは答える。


 私もうなずく。そしてこの答えは実は闇が深いと。


「彼女はもうここで、この息子とは別れることになるってほぼ確信してた。だから淡々たんたんと自分の過去をあきらめた口調で息子に話すの。『私の家族はみんな幸せに過ごしていました。本当にどうしてあんなに幸せだったのに、それに気付かなかったんだろうって後悔するくらいに』」


「それ、ほんとに加奈子かなこが推してる漫画なの? 今までのミーハーだった加奈子からは想像できない展開なんですけど!」


「主人公はイケメンよ?」


と私は笑う。


「そういう話じゃないでしょ。続き続き!」


「続けるわね。『最初は私の軽い気持ちでやってしまった万引きが原因でした。見つかるかも、捕まるかもっていうスリルがたまらなくてやってしまいました。そしてとうとう見つかった』」


 非情な結果にため息をつく私。


「彼女は『後悔したけど後の祭りだったと答えるの。後悔するならしなければいい。でもあとやむから後悔なんですよね』と」


「それは……ほんとにそうよね」


と水香もため息をつく。


「『お店の控室に連れていかれて私の名前と学校名と自宅の住所、電話番号、携帯番号、学生証、全ての個人情報をみせて警察も呼ばれて学校へも連絡され、担任の先生も親も呼ばれてしまった。みんなに全てを知られてしまった』」


「そこまでされちゃうの?」


 水香はちょっと引いている。


「まぁそう思うわよね。でも最終的にはこんなもんだと思うわよ。万引きだって立派な犯罪だしね。続ければお店はつぶれるのよ。そうなっても万引犯は助けてくれないんだから、ある意味自業自得で仕方ないと私は思うわよ」


 難しそうな顔をして話を聞いている水香。私は話を続ける。


「そして彼女は『だから私の交友関係は狭いんです。犯罪を犯したことを知られたくないから。みんなに非難の目を向けられるのが怖いから。家族から恨みがましい目を向けられるのが怖いから。怖くて仕方がなかった』」


「ほんとに漫画なの? その話。私は聞いてるだけで怖いんだけど!」


 水香はこの作品の世界に恐れを見せる。ニヤリとして私は続ける。


「彼女は息子との日々を話すの。『そんなとき、あなたに会えて私は本当に幸せだった。何も知らないあなたは、私に幸せをくれました。あなたにとってはなんでもないことでも、私にとってあなたと一緒にいる日々は本当に幸せだったんです』」


「それならなんであんなあやまちをやっちゃったのよ?」


 私はそうよねと話す。


「彼女は『だからこそ上司の幸せにしか思えない愚痴が耐えられなかった』と告白するの。


「あ~~。それが理由だったのね。彼女の真意は『今ある幸せに気付かない上司への嫉妬』か」


「そう。だからその話を全て聞いて彼女の真意と彼女への愛を父親と天秤にかけて、イケメンの息子は正直に話してくれた彼女をどんなことがあっても信じるって決めたの。そして彼女の家族と自分の家族も説得して、最終的には祝福されて結婚するっていうお話。どう? この主人公。イケメンだしカッコイイし私の一推しイチオシって理由も分かる素敵なお話でしょ?」


「なるほどね~。無茶苦茶分かるわ~!そんな誠実な人ならイケメンとか関係なく好きになってしまうわ~!」


と水香は笑顔でハッピーエンドだねと答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る