第三次成長期

宮川雨

第三次成長期

 だるい、暑い。そんなことを思いながら5月の暖かいというより暑いと表現した方が最適だろう日差しを浴びながら、俺は家から少し離れた公園で大学の講義をさぼっていた。

 今年大学二年生になりそれなりに講義があるにもかかわらずこうして講義をさぼり、さらに親の目線から居心地が悪くそしてどこかファミレスにいく金もないため、こうして日差しをガンガンに浴びている自分のなんと惨めなことか。

 バイトの一つでも始めればいいのかもしれないが、そんな気にもならずにこうしてただ日々が過ぎるのを待っている自分はいったいどんな存在意義があるのだろうか。そんなことを考えていると、足にサッカーボールがぶつけられた。


「ぶつけちゃってごめんなさい」


 そういって謝るまだ小学生低学年くらいの子供を見て、俺はほとんど八つ当たりのように怒鳴り散らした。


「こんなところでサッカーなんてしてんじゃねえ!そんなにサッカーがしてえなら俺が蹴ってやるよ、おらぁ!」


 俺はぶつけられたサッカーボールをその子供がきた方角とは全く反対の方向へ大きく蹴飛ばした。子供は俺に怒鳴られてビビったのか、何も言わずサッカーボールを追いかけに行った。その様子をみて気持ちが晴れるかと思ったが、全くそんなことはなく、結局満たされない気持ちを抱えながら俺は公園を後にした。

 公園からでる直前、さきほどの子供を追いかけるように小走りで駆けていく母親らしき女性を見てある人を俺は思い出した。


 俺がまだこんな風にひねくれておらず、部活に熱心な中学生だったころ俺のクラスの副担任になった先生。彼女は、野本先生はとても教育熱心な先生で俺たちの部活の吹奏楽部の顧問でもあった。野本先生はピアノしか経験したことがなかったらしいが、それでも一生懸命俺たちの指導をしてくれた。

 あの頃はよかった。みんな全国大会出場という同じ方向を見ていた。野本先生もそのために時間を割いて指揮の練習をして俺たちの自主練を見てくれたりと、充実した時間を過ごしていた。結局全国には行けなかったけれど、みんな精一杯やったからと最後は泣き笑いをしていた。先生も最後は泣いていた。

 俺はそんな先生をいつの間にか好きになっていた。だからといって中学生の俺が大人の先生に告白なんてできるはずもなく、そのまま高校に進学した。

 でも高校生になり入った吹奏楽部はとある男女の色恋沙汰で二分された。その喧嘩を止めるために当時の俺は間に入った結果、吹奏楽部全員からはぶられて結局部活を辞めた。それから俺は音楽を嫌いになり、夢だった音楽系の大学にもいかず実家から近い適当な大学へ入った。

 そしてその大学に入りサークルなどにも入ってみたが、なんとなくなじめずそして講義にも興味がないため今のように公園で時間を潰すようになる。あの日々成長していたころとは違うなと痛感しながらどこかへ行こうと歩いていると、突然後ろから声をかけられた。


「もしかして、日比谷君?」


 名前を呼ばれたため振り返ると、そこにはあの頃から少々歳はとっているものの、ついさきほどまで思い出していた野本真矢先生がそこにいた。一瞬都合のいい白昼夢でも見ているかと思ったが、そうではないようだ。


「久しぶりー!大きくなったわね。身長かなりのびたんじゃないの?」


「あ、久しぶりっす。まあ、そうすね。あの頃より20cmくらい伸びたので」


「だよね! わー、なつかしい。今は何をしているの? お仕事かしら、大学生かしら?」


 その質問にうまく答えられず、言葉に詰まってしまう。だって俺は確かに大学生ではあるけれど、実際は講義にもでない果たして大学生と呼んでいいものなのかわからない存在だからだ。そんな俺に不思議に思ったのか、野本先生は不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


「どうかしたの? もしかして具合でも」


「真矢」


 すると野本先生の後ろから体格のいい男が先生の名前を呼んで、俺の目線を遮るかのように前にでてきた。その行動ですぐにわかった。この男は野本先生の恋人かそれ以上の存在なのだと。別にあの頃の恋を叶えるなんてつもりなんてなかったが、何とも言えない惨めな気持ちになった俺は挨拶もそこそこに踵を返した。

 野本先生が後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた気がするがそんなことどうでもいい。野本先生はいい人ができて何歩も前へ進んでいるのに俺はなんだ。勉学に励むわけでもなければ恋人もいない、バイトもしない俺は。

 家についてベッドに寝転び早々に目を閉じた。もう何もかもが嫌になりふて寝をすることに。そうして変な時間帯に寝たからなのか、奇妙な夢を見た。

 俺は今の姿のままなのに、あの頃の野本先生が夢の中で俺に説教をしてきたのだ。まるで中学生時代の部活でされた指導のように、熱心に。俺は黙ってその説教を受けて目を覚ました。変な夢だ、なんて思うのと同時に夢の中ではあるものの俺を叱ってくれる人がまだいるのかと嬉しくなった。

 

 次の日、俺はわずかな希望を抱いて大学の講義にでた。しかし大学の講義に出たからと言って何かが変わるわけでもなく、ただ講義を聞いて誰に話しかけられるわけでもなく大学を出た。

 やっぱり現実なんてこんなもんだ。そう心の中で思いながらまたあの公園に来ていた。もしかしたら昨日のように先生に会えるかも、なんて思いながら来たがそんなことがあるわけでもなくベンチでぼんやりと空を見上げる。

 するとこつん、と足に何かが当たった。サッカーボールだ。そして目の前には昨日の子供がいた。その子供は俺のことを覚えているのか、おびえた様子で俺を見ていた。またどこかに蹴り上げてやろうか、なんて一瞬思ったが俺はサッカーボールを手で持ち上げた。そして膝を折り子供の目線に合わせてサッカーボールを手渡した。


「昨日はごめんな。遊ぶときは気をつけろよ」


 ぎこちない笑顔を浮かべながら手渡す俺の顔を見ながら、子供は恐る恐る俺からサッカーボールを受け取ると、小声でありがとうといって友達らしき子たちのところに戻っていった。

 ありがとうか、久しぶりにお礼なんて言われたな。その言葉に俺はほんの少し変われただろうか、あの頃のようにとまではいかなくても成長できただろうか、そう自問自答しながら公園のベンチにから立ち上がるのであった。

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第三次成長期 宮川雨 @sumire12064

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