19
二人の若き異能力者を引き連れ、将門は今一人の従者と大賀邸を後にした。
聞き込みの場所は、占い師の独断で近場の児童公園に決まった。敢えて場所を変えたのは、母親の存在により突っ込んだ質問ができなくなるのを避けるためだ。せめて屋根のある空間にしてはどうかと提案した壱八だが、近場のファミレスにするなら全員分の食事代を負担すべし、という将門の容赦ない条件に、遺憾だが取り下げざるをえなかった。
「いいじゃないですか、天気もいいし。ねえ飛駆君、空ちゃん」
「僕はどこでも大丈夫です」
「わたしも」
どうにも分が悪い。そうだな、と壱八も同調するしかなかった。
日の落ちた黄昏色の児童公園。中途半端な面積の敷地内に、遊ぶ人の姿はない。密集した羽虫の群れが、奇怪な連携で無人の砂場を横移動していた。
金網手前に据えられた赤ペンキのベンチに、肩を落として並び腰かける若い二人。それぞれが手にした缶コーヒーは、壱八が入口横の自動販売機で買ったものだ。もちろん将門の指示で。
二人の前に腕組みして立つ将門は、咥えた電子タバコの蒸気の行く先を、思いのない眼差しでぼんやり眺めている。
残る壱八はというと、時折不意に暗くなる不安定な街灯に照らされた三人の様子を、少し離れた所で観察していたが、三人とも無言でこれといった動きもなく、どうしたものかと立ちほうけていたというのが偽らざる実情だった。
「空ちゃん」窄めた唇から水蒸気を吐き出し、将門は悠然と口を切った。「今日の帰りは飛駆君と一緒だったんですね」
「はい」
「おかげで助かりました。あなたにも是非お訊きしたいことがあったんです」
「……はい」
芯の弱い、か細い返事だ。それ以上言葉を足すこともなく、少女は下を向いて再び黙り込んだ。
「怖がらなくていいんですよ」空々しく将門は言ったが、効果はまるでなさそうだ。
空を庇おうと、あるいは将門を非難しようとしてか、静かに顔を上げた飛駆青年が占い師の姿態を眩しそうに見上げ、口を開いた。
「占い師さん、まだ警察に眼をつけられているんですか」
「そのようです。向こうもよほど暇してるんでしょう、先日も色々しつこく訊かれましたよ」
あからさまな敵意は感じ取れないが、それでも両者の間には緊迫した空気が流れていた。
「占いで、犯人を当てたりしないんですか」
将門はフッと微笑み、スピリチュアル方面は不得手なんですよ、そういうのは塞の神先生に任せました、と冗談とも本気ともつかぬ物言いで応じた。
「それより、南さん、わちきどもがお店を出た後、何かおっしゃってませんでしたか。わちきについて」
「いえ、特に何も」
「本当に? 正直におっしゃっていただきたく」
「……ちょっと、変わった方だと」
「心遣い感謝します。かなりソフトな言い回しにご修正いただいたようで」
冷たい風が、四人の空隙を擦り抜けるように吹き渡った。
「今日は、あの方は来てないんですか」
飛駆の問いに、将門ははてと首を捻って、
「誰のことでしょう」
「あの、雑誌のモデルさん」
「ああ、朱良ちゃん」壱八の方向に一瞥をくれ、すぐさま向き直って将門は答えた。「あの娘は仕事中ですね。彼女がどうかしまして?」
「いえ、その」言い淀んで空と顔を見合わせた飛駆は、やがて意を決したように、「空が、朱良さんに会えたのがよほど嬉しかったみたいで、あの後も、よく僕に言ってたんです。また会ってみたい、握手しておけば良かったと」
俯いていた空が面映ゆそうに身を縮こませ、飛駆のブレザーの裾をきつく握り締めた。
握手ですか、と、気の抜けた口調の将門だったが、そんな初々しい少女を可愛らしく思ったのか、初めて労りに満ちた眼差しを注ぎ、ごめんなさいね、と慰めの声をかけた。
「彼女、仕事が忙しくて来られなかったんです。今度会ったら、あなたのこと、ちゃんと伝えておきますよ」
空の表情に明るさが戻った。恥じらいながらもコクリと頷く様に、怯えの色は幾らか薄まったようだ。
「でも、握手はやめといたほうがいいですよ。あなたのそのか細い手じゃ、指の骨やられちゃうかも」
「えっ」
壱八は街灯の光に浮かぶ三人の許へ近づき、ベンチ端の背板に尻を乗せた。自分たちの近くに来るよう、将門がこっそり合図したのだ。この立ち位置からなら、二人に悟られることなく、質問者に心理の真偽を伝えることができる。いよいよ本腰を据えて質問に取りかかろうというのか。
「お二人とも、飛駆君のお母さんから伺ってると思いますけど、これから〈ガダラ・マダラ〉の殺人事件について、どうしても訊きたいことがあるんです」
少女は素直な面差しで頷いてみせたが、隣の青年は抗するような言葉遣いで、
「アリバイに関してなら、前に話しました」
「そうですけど、確認という意味でもう一遍訊かせてください。しつこいとお思いでしょうけど、その点はご容赦いただきたく。南さんの件も含め、今一度確認しておく必要がありまして。必要が生じたと言いますか」
要領を得ない顔つきの飛駆。空もそうだ。必要が生じたとは、壱八に異能の片鱗が現れたことを意味している。二人に理解できないのも当然だった。
にしても、相変わらず美貌の占者は関係者のアリバイに拘っている。自分なりの考えで質問の順番を決めていると、以前言っていたのが思い出された。
壱八には、その方法が目的地へ向かうのにわざわざ遠回りをしているようにしか思えなかったが、究極の手段たる最後の質問を認可してもらった以上、口を挟む権限などあろうはずもなかった。
「先週火曜日の午後七時十五分頃、君たちはどこで何をしていましたか?」
午後七時十五分と将門が告げたのは、プロデューサー南枳実の殺害されたと思しき時刻で、壱八の命運を分かつ一大転機となった、運命の時刻でもあった。
警視庁の刑事にも、同様の質問を受けていたのだろう。青年の返答は思った以上に早かった。
「区立図書館にいました。授業が終わった後、空と一緒に出かけたんです。閉館時刻ギリギリまで館内にいて、七時過ぎにはまだ図書館周りを二人でうろうろしていました」
「空ちゃんと一緒だったんですね。図書館には何の用で?」
「ちょっと調べたいことがあって」
「学校の図書館じゃ駄目だったんですか」
「はい」
「なるほど。勉強熱心なんですね」言い切らないうちに、将門は風に舞う前髪をさらりと掻き上げた。
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