15
円筒将門から新たな面会のスケジュールを聞かされたのは、壱八が配達業務を程々に切り上げ、十月初めの陽射しが優しく降り注ぐアパートの寝床に仰向いていたときのことだった。
霊能系配信者の筧要が無残な死体となってから、今日で三週間。プロデューサー南枳実の死からも一週間近く経過していた。犯人逮捕のニュースは未だ報じられない。
着信音を響かせるスマホに手を伸ばすと、当たり前のようにぴたりと掌に吸いついてきた。額の傷痕を掻きながら、緑色の応答ボタンを押す。
「将門か」
『予定空いてます? 今日これから。空いてなかったら空けてください』
聞き慣れた占い師の女声が、次なる面会相手を告げた。
大賀飛駆。壱八より年少だが、異能力のキャリアとしては先輩に当たる青年だ。
直接了承を得たわけではないが、実家にいた彼の母親にアポを取り、今日の夕方そちらへ向かうことで話をつけたらしい。同じ私立校の高等部と中等部にそれぞれ通っている飛駆と春霧空は、いずれもまだ帰宅していないとのことだった。
「何も本人の家にまで出向かなくても」
『でしょうか。確かに校門で待ち伏せのほうが、君の性に合ってるかもしれませんね』
「どういう意味だよ」
『覗き見は君の得意分野でしょうに』
「人聞きの悪い」
青年と少女の通学先は、都内でも名門の部類に入る進学校で、最寄りの駅から環状線に乗り、更に私鉄と地下鉄に乗り換える必要があった。極東テレビ付近にある飛駆の家に行くほうがずっと近い。
『飛駆君と空ちゃん、お家ご近所なんですよ。今日中に両人への聞き込みができるといいんですけど』
「近所ってことは、あの二人、テレビに出る前からお互い知ってたのか」
『それどころか、大賀家と春霧家は遠い親戚関係なんですよ。飛駆君の伯母が二十年ほど前に嫁いだのが、空ちゃんの伯父に当たる人の家で。以来、両家は家族ぐるみの付き合いをしているんです』
若き異能者たちの新事実に、電話越しでも興奮しているのが判る。事件の解決に役立つのを期待しているのか、あるいは既に何かを掴んだか。
だが、壱八には関係ないことだ。むしろ、前会ったとき青年の言及していた妹の存在のほうが、何倍も気がかりだった。
とにかく、仕事を早めに切り上げて正解だった。安堵から生じた長欠伸を噛み殺し、挨拶もそこそこに電話を切った。
似非占い師は、すっかり探偵業にのめり込んでいるようだ。好きにすればいいが、壱八と将門では事件に対するスタンスからして違う。将門のペースに巻き込まれぬよう、気をつける必要があった。
犯罪捜査に携わる者の圧倒的多数は、知能を最大の武器としている。犯行現場や死体の科学的捜査は、その最たるものだろう。数ある探偵の中には、本能的に事件の解決に努める輩もいるかもしれないが、畢竟、探偵諸氏の捜査手段も冷静に情報を分析する知性の力によるところが大きい。超人的な閃きは、それはそれで大切なことだが、論理の正確な組み立てに対して付加的な価値しかない。バラバラのジグソーパズルを復元させるに当たり、見本の完成図を一度も眼に留めない人間などそうそういない。
他方、犯罪事件の解決には完成図が存在しない。だから犯罪捜査は現実とフィクションの別なく、無くなったピースを捜し出し、正しい位置、正しい向きに嵌め込むのに甚大な労力を要する。
壱八の持つ能力は、そうした苦労とは縁遠いものだ。被害者の身辺を洗う手間もなければ、関係者の証言を変に勘繰る必要もない。堂々と相手の心を読み取ればいい。相手に気取られる心配もなく、証言の真偽を見極めることができる。存在しない嵌め絵パズルの見本を、一望に収めることができるのだ。犯人の復元図さえ判れば、事件の細々した辻褄合わせなどどうにでもなる。現実の欠けたピースを捜すのは、将門や警察に任せておけばいい。論理的にパズルを組み立てるのは彼ら彼女らの仕事だ。
壱八は独り、本能の赴くまま読心能力を用い、やがて犯人を見つけ出すことに成功するだろう。それは一個人の空想と同じ、物的証拠を持たない上での成功ではあるが。
そんな慢心に水を差すように、再び着信音が鳴った。
『言い忘れました』
「場所と時間なら、さっき聞いたぞ」
『取って置きのバイトを紹介しようと思いまして。臨床試験なんですけど』
「俺はモルモットじゃないぞ」
『お金にはなりますよ。あ、それで頭の病気が治りでもしたら君が困っちゃいますね』
「病人扱いするなって」
『胆汁の色も元に戻ったようですし、今後の活躍を楽しみにしてますよ』
「期待に沿えるかどうか判らんけどな」
『あら、誰が期待してるなんて言いました?』
返答の仕様もない。最後の挨拶もなく電話を切り、またも蒲団に寝転がる。
それでも壱八の表情は、いつにない余裕と自信に輝いていた。
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