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 駅構内に入り、プラットホーム後方に二人並んで立つ。電車の所要時間表を眺めながら、将門は話題を戻した。

「さっき言った通り、さほど謎の多い事件ではないんですよ。なのに、警察の捜査は思うように進展していないんですよね」

「何でだろうな」

「有力な手がかりが少ないんでしょうね。目撃情報が足りないとか、人間関係の洗い出しが不完全とか。いくら天下の警察でも、確証がなければ逮捕状を請求できないでしょうし」

「令状主義ってやつか。疑わしきは罰せずだからな。でも、そのおかげでお前はまだ自由の身なんだから、そこは感謝すべきだろ」

「ほっといてくださる?」将門は一瞬だけ頬を膨らませた。「では、この事件に関する少ない謎の部分を挙げてみましょう。筧要は玄関ドアの鍵と、殺害死体の残酷さ。塞の神は毒殺のインパクトが大きい反面、謎というほどのものはないですね。南枳実プロデューサーは、亡骸が手にしていた定期券とフォーク。細かい装飾的な部分ですか」

「謎ねえ」

 語り口を聞いていると、将門が論理の力で事件解明を目論んでいるのが判る。壱八の読心術をある程度当てにしつつ、真相の看破にはあくまで自身の推理を最優先させる姿勢。

 基本的に、将門は犯罪捜査向けの人間なのだろう。壱八とは志向も観点もかけ離れている。生まれもっての資質自体に、両者には天地ほどの開きがあった。

「壱八君。君は被害者の死体に施された装飾をどう思って?」

「装飾って言われてもな。深く考えたこともない。筧の死体は、相当グロテスクだったんだろ」

「首を掻き切られた上、眼球には菜箸がグサリ。よほどの怨恨か救いようのない変態か、はたまた他の必要に迫られてのことか」

「他の必要? どうしてそんなことをする必要があったんだ」

 将門は腕組みのまま身体を回転させ、正面から壱八と向き合った。

「死体の首を外廊下に置いておけば、そうしなかった場合より、かなり早い段階で人目につくでしょうね。事実、翌朝には、通報を受けた警察が早速現場に駆けつけたわけですし」

 もし犯人が生首を室内に遺したまま立ち去っていたら、新聞配達員に凶行を気づかれることもなく、発覚ももっと遅れていたわけだ。

「だから犯人は、首をドアの前に置いていったのか。じゃあ、なんで犯人はそうまでして事件の発覚を早めなきゃならなかったんだ」

「その前に、配達員が生首を発見したとき、本当に犯人が殺害現場の外にいたかどうかも問題です」

「まだ室内にいたってのか。いや、まさか」

 筧殺害から頭部発見に至るまで、およそ四時間強もの時間差がある。犯人がそれほど長い時間を、首なし死体と共に過ごしていたとは考えにくい。

「死体と一緒にいたときは、まだ首は繋がっていたのかもしれません。何らかの理由で明け方まで部屋に残り、新聞配達員が来る頃にバッサリちょん切った頭部を玄関前に置いて、パニック状態の配達員が警察を呼びに現場を離れた隙に、悠々と脱出しおおせたわけです」

「その、何らかの理由って何だよ。首を切るだけで四時間かかったのか。死体の発見を早めたいなら、他にも方法はあっただろ」

 将門は無言だ。奥深い含蓄を感じさせる、意味ありげな沈黙だった。

 読心能力でこいつの心理を覗いてやろうか、と思っているところへ、折しも地鳴りの如き轟音が遠く近くの壁伝いに反響し、振動に混じって目当ての電車が滑り込んできた。

 ホームに並んだ人の列を収容すべく、電車は正確な停止位置に停まった。排気音の直後、車両の自動扉が左右に開く。感情なき眼をした平板な表情の乗客たちが我先にとホームに降り立つ。

「今、わちきの心を読もうとしたでしょう」

「お前」壱八は大いに面喰らった。「まさか本当に、俺と」

 俺と同じ能力を? だが、続きは声にならなかった。

「そんなにびっくりしないでください。君の顔にそう書いてあったんですよ」

 そうだ。この占い師も一廉の心理分析者なのだった。

 今後の聞き込みに際しても、自身の推理と読心結果が相反した場合、将門がどちらに重きを置くかは明らかだった。表向きは協調態勢をとっているが、捜査に対する意見の相違と確執は決定的なのだ。向こうが読心を過少評価するなら、こちらにも考えがある。

 将門から読心の要請があったときは、逐一その通りにする。読心結果を伝える際も、恣意的な虚言は吐かない。嘘を吐いたことが知れたら、聞き込みへの同行を拒否されないとも限らない。所詮将門にとって、壱八の能力は推理の補強材料でしかなく、補強にならないと判れば敢えなく切り捨てるだろう。それだけは避けたかった。

 その代わり、将門が凡ての質問を終えた後は、壱八自ら聞き込み相手に問いかけることにする。将門からは勝手になさいという旨の許可を得ている。気兼ねは不要だ。自分なりのやり方で犯人を見つけ出してやる。

 犯人対将門、犯人対壱八に加えて、将門対壱八。これは三つ巴の闘いなのだ。

 将門の推理は壱八の読心能力と結論を同じくしない限り、絶対真相に辿り着けない。良くて引き分け。こちらに分があるのは確かだった。心理分析のプロである似非占い師も認めるチート能力を、壱八は一手に引き受けているのだ。

「壱八君、ドア、ドア閉まりますよ」

「ん、ああ」

 将門の声に、今更ながら我に返った壱八だが既に手遅れ、慌てて足を踏み出すより一瞬早く、自動扉は二人の眼前でぴたりと閉ざされた。

「あ」

 再び扉が開く気配もない。呆れ返った形相の将門が、ガラスの向こうで口をパクパクさせている。何を言っているのかは判らない。あいにく壱八の能力に読唇術は含まれていなかった。

 ゆっくり動き始めた車両のドア越しに、美貌の占い師が嘲りめいた眼差しで手を振っているのが見えた。

 ホームに取り残された壱八は、それでもなお余裕の表情だった。

 まあいい。いくらでも笑えばいい。最後に笑うのが真の勝者だ。この読心能力を駆使すれば、百パーセント犯人を見つけ出せる。チートと妬まれようがカンニングと蔑まれようが構うものか。何人たりとも、この二択の罠を回避することはできない。

 遠ざかる車両を眺めながら、壱八は早くも勝者の余裕を味わっていた。

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