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「何てことです。気が知れません。いきなりあんな質問ぶつけるなんて」

 柔らかい蒸気を顔の前に吐き散らし、将門は白々と蔑んだ眼でそう繰り言を洩らした。

 ヴァニラの甘く香しい駅前通りに今日も人は多く、街路樹の木陰も立ち話には不向きだったが、呆れ顔の占い師にお堅い口調で引き止められ、壱八は樹木の太い幹に凭れた将門の前で虚ろに立ち尽くしていた。

 衝突は必至だった。異能の反動と思しき頭痛は幾分和らいだものの、将門の非難がましい口舌は相変わらず耳に痛かった。

「わちきにはわちきなりの考えがあって、しっかり順序立てて質問してるんですよ。わちきの計算を狂わすような勝手な真似は、控えてほしいものです」

 先程から将門は、読心装置たる随行者の予期せぬ行動を諄々と咎めていたが、当の壱八はというと、その意見に何一つ納得することができずにいた。

 将門が渕崎に向けた質問は、いずれも事件の外堀を埋めていく類いの、確実だが迂遠なものだ。壱八の能力を最大限に活かした方法とはいえない。計算が狂うと言われたが、連続殺人の犯人を即座に見つけたいのなら、最後に壱八の放ったあの一言で充分なはずだった。

「前に言ったでしょう。その程度の証拠じゃ警察を動かすに至らないと。君はどうでもいいと宣ってましたけど、わちきにとっては今後の生活に関わる大問題なんですよ。犯人だという確証を掴むには、もっと事件の本質を掘り下げて、より状況証拠に近い証言を得る必要があるんです」

 いかに将門が捲し立てようと、壱八の思いは変わらない。犯人を確実に追い詰めるためにも、あのとどめの質問はやはり口にすべきではないのか。

「どうしても君が、あのひどい質問で相手を笑わせたいというなら、もう好きにしてください。ただし」

 一際強く爆煙の如き水蒸気を吐き出すと、将門は不機嫌そうに電子タバコを突きつけた。

「君が発した愚問に相手がどんな反応を示したか、それをわちきに話す必要はありません。わちきはわちき自身の質間に対する読心結果だけで、犯人を捜し当ててみせます」

 答えを知ってから解法を考えるやり方を、将門は認めないらしい。最後の質問に頼ることなく、より論理的な推理で犯人を導き出すと宣言したのだ。占い師流捜査方法の美学とでもいうべきか。

 犯人の正体さえ挙げればそれでよしとする壱八には、理解はできるがおよそ納得できない考えだった。

「じゃあ、渕崎の最後の読心結果も」

「ええ、言わなくて結構。あの堅物が面会を聞き入れた理由とアリバイ証言からして、結果は眼に見えていますからね。彼は犯人ではありません」

 壱八が頷くのを見て、益々気を悪くしたようだ。上体を乗り出すように樹木から離れ、将門は声もなく駅の方向へ歩き出した。

 用件も済み、後は銘々の家へ帰るだけだ。ここで別れても良かったが、結局将門の後についていくことにした。

「食事目当てですか」

「お前本当は心読めるだろ」

 ニヤリと笑い合う。早くも穏やかな雰囲気になってきた。

「君は効率を重視するあまり、過程を軽視する傾向にあります。生活ぶりにも顕著ですが」

「そうか? まあ時短にかける情熱は割と強いかもだけど」

「デリバリー業務に従事するのもそうですよ。目先の利益に飛びついて、日銭を稼ぐ感じが」

「今どきの若者っぽいだろ」

「思考回路が両極端なんですよ。イエスかノーか。ゼロかイチか。中庸がないんですね。デジタル思考といいますか。機械学習の二値分類のほうが、よっぽど人間的です」

 そう指摘され、壱八はどうかなと首を傾げた。男であり女でもある、半陰陽ならではの批判とも受け取れた。

「機械学習って、AI以下かよ。まあでも、お前は間違いなくアナログ人間だよな。デジタルガジェット持たない主義だし」

「持ってますよ。電子タバコ」

「あのなあ」

 将門の隣を歩きつつ、ちらと顔を覗き見る。誰もが振り返るほどの美貌。男性的要素は皆無だ。

「〈ガダラ・マダラ〉の連続殺人、わきちはですね」横に並んだ壱八には眼もくれず、将門は口を開いた。「この事件、最初は警察連中をてこずらせるような、難解な事件ではないと思ってたんですよ」

「そうなのか」

「だってそうでしょう。筧要の切断された頭部が見つかったとき、玄関扉の鍵は開いていましたし、大学教授の自宅では浴室の窓硝子が割られていました。プロデューサーの部屋については、わきちどもが眼にした通りです。どの事件にしても、犯人の脱出経路は明らかです。世に言う密室殺人には属さないでしょう」

「密室ねえ」

 そんな単語がすんなり出てくる辺り、占い師の読書遍歴が窺われて興味深かったが、ミステリ嫌いの自分と相容れないのは歴然だった。

「それに被害者全員のリンクする部分もはっきりしています。インターネットテレビ界を席巻するスーパーナチュラルバラエティ〈ガダラ・マダラ〉の出演者、あるいは制作サイドの人間。要するに番組の関係者ですね。犯行に使われた凶器も、南枳実の件を除いて現場近くで発見されています。お腹にナイフを埋め込まれた大学教授は、ちょっと趣向が異なりますけど」

 現場は密室状態でなく、被害者の共通項も、使われた凶器もはっきりしている。このニワカ探偵は何を言わんとしているのだろう。

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