12
「あの番組の実権を握っていたのは、南さんとあなたの二人。それに加担していたのが、出演者の塞の神と筧。教授は別としても、番組の首謀者は既に三人殺されています。残されたのは、あなた独りだけですよ」
「何だよ、あんたも俺を疑ってるのか」
冷淡な占い師の声に、気色ばむ渕崎。
いよいよ、最後の質問がなされるのか。壱八は音を立てて唾を呑んだ。
「あなた、怯えてるんでしょう。次なる犯人の標的が、番組再興を目論む自分なのではないかと」
その問いに、壱八と渕崎はほぼ同時に眼を瞠った。
違う。そうじゃないだろう。将門は質問を間違えている。そんな質問は不要だし、的外れだ。
だが、渕崎の反応もまた壱八の予想を超えていた。だらしなく垂れた眦が、見えないテグスで引っ張られたように吊り上がった。
図星なのか?
「だから、わちきとの面会にも応じる気になったんでしょう。一刻も早く事件を解決してもらって、プロデューサーとしての安泰を享受しようと」
「それがどうした。俺はなんにも悪いことはしてない。番組さえつつがなく放送できりゃ、警察も占い師も関係ない。とっとと犯人を捕まえてくれ」
渕崎は憤然と言い返した。上気した頭皮に汗が光って見えた。
「なるほどね。判りました」
デスクから離れ、将門は両手を腰に当てた女傑の立ち姿になった。
「質問は以上です。ご協力ありがとうございました」
慇懃な口調で、将門は謝辞を述べた。形式程度にさえ頭を下げようともせずに。
そんな所作に、黙然と嘘発見器の役をこなしていた壱八は大いに狼狽えた。将門は一番重要な問いを発していない。今まで口にした質問など、その問いに比べたら長めの前置きでしかない。
それなのに、占い師は用は済んだとばかりにデスクから身を翻し、早くも一人出入り口へ向かいつつあった。
どうして訊かないんだ。あれを訊けば、一発で解決するじゃないか。まさか、その問いに思い至っていないのか?
訳が判らないまま、壱八は将門を追って歩き出したが、すぐに歩みを止め、渕崎と再度向き合った。怪訝そうな眼が、壱八の額の辺りに注がれていた。
「君は、彼女の連れだろう。まだ何か用か」
「一つだけ、訊かせてください」
質問の全権は占い師に譲っていたが、その質問者に最後の問いを発する意思がない以上、ここは自分の口で言うしかない。
「何だ、まだ質問があるのか」
将門に頼るまでもない。この程度のことは、独力で成し遂げてみせる。読心を使えるという自信が、そんな思いを力強く後押ししていた。特権的能力の行使如何は、所有者たる壱八の掌中にあるのだから。
「どうしたんです、壱八君」
背後から将門の声。心臓の音が耳許にけたたましい。
「ガ……」拳を握り締め、占い師の存在を振り払うように、乾いた声を上げた。
「何だって? が?」
「……〈ガダラ・マダラ〉の、連続殺人の犯人は、あなたなんですか?」
「は?」
やった。遂に訊きおおせた。
相手に笑われるのを覚悟の上で放った、禁じ手とも言える問いかけ。怜悧な占い師に比べ、質問の言葉は拙くたどたどしかったが、この不躾で不様な問いこそが、壱八にとっての最後の切り札でもあった。
額の能力を解放し、渕崎の思考を素早く読み取る。
侮蔑か嘲笑か、あるいはその複合体か。表面的な反応がいかなるものであれ、この質問を渕崎が耳にし、意識したからには、必ずどちらかの答えが心に浮かぶ。葦と呼ぶにはあまりに貧弱な穂だが、考える葦である以上、一連の思考プロセスからは絶対に逃れられない。
イエスかノーか。壺の形と人の横顔が両立しえない騙し絵のイメージの如く、決して半々の答えにはなりえない二つの選択肢を投げかけたのだから。
「何だそりゃ」
須臾の沈黙の後、馬鹿にしきった声つきで渕崎は言った。
「ちょっと壱八君」
窘めるような声がかかり、その細い手が肩に触れた。それでも壱八は相手心理の解読に努めた。
「なあ、何なんだ。散々っぱらアリバイやら何やら確認しといて、最後にそんなこと訊くか普通?」
解読結果が出た。否、思念を捉えた瞬間に、渕崎の心理が一方の答えしか含んでいないことは明白だったが、時間の経過により心理状態が変化するのを危惧し、壱八は読心能力が持続する限り、相手の思念を捉え続けた。
「ったく、訳が判らんな」
問題の心理内容は、壱八の問いに否定的な答えを抱いていた。自分は犯人ではない、と。その思いに、矛盾や揺らぎは少しも感じ取れなかった。
万が一、犯人は俺だと口に出して答えても、本来の〈俺は犯人じゃない〉という思いは変えようがない。自分で吐いた嘘を一瞬で信じ込むバカバカしい異常心理の持ち主でなければ、虚言を吐いたが最後、思考に亀裂が生じるのは必定なのだ。壱八にもはっきり判るほどの、確かな亀裂が。
「そんなくだらない質問の答えは、一つしかないだろう。答えるのもアホらしいが、俺は犯人じゃない」
相手の心理に変化はなかった。最早疑う術はない。亀裂が生じないのは、彼が真実を語っていることを意味する。
額の疼きが不意に収まった。最後の間抜けな質問を発してから、三十秒ほど経っていた。当然、渕崎の心理状態も霧消した。
読心一回ごとの最大継続時間が、大体その辺りだった。代わりに、大脳皮質を締めつけるようなキリキリとした鈍痛が、頭蓋の内側に重く伸しかかってきた。船酔いにも似た不快感に眼が回る。
口喧しい将門の声が、脳を揺るがすかのようだ。自分は今、どんな顔をしているのだろう。臨界点を超えた異能力の副作用に悩まされながら、壱八はふと、そんなことを考えた。
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