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「南枳実さんに関してですけど」晴れやかな顔つきになって将門は言った。「生前、彼女に事件のことを伺った際、十条教授が殺害された日のアリバイについて、その時刻はあなたと一緒に会社にいたとおっしゃっていたんです」
渕崎が眼を見開いて眉を持ち上げ、今一度占い師を見返した。
「何だ、君、南Pに会ったことあるのか」
「彼女からわちきのこと聞いてません?」
「番組以外の話なんてしたことないな、あの人とは」
「そう。それは別にいいんですけど、事件当時のこと、あなたにも訊いておきたいんですよ。教授が殺されたとき、本当に彼女と一緒にいたんですか?」
尋ねると同時に、将門は再度耳許にかかった髪を掻き上げた。
急激に合図のペースが早まったが、その点は壱八の望むところでもあった。よしきたとばかりに能力を解放し、相手心理の解読に努める。興奮と緊張のせいか、額の痛痒感も大して気にならなかった。
「ああ。警察連中にも訊かれたが、確かにあのときはPと一緒だったよ。ミーティングがあったんだ。さっき言ったバラエティーの企画を、もちっと煮詰める必要があってね」
返答するプロデューサー兼チーフディレクターの心理に、偽りの気配は感じられなかった。故意に嘘を吐いている可能性はゼロだ。彼は第三の事件の発生時、本当に会社にいたのだ。
肯定の目配せを将門に送る。
「俺は早く帰りたかったのに、南Pが許してくれなかった。あの人怒るとめちゃくちゃ怖いからさ。表立って逆らえないし」
「そんなにですか。わちきが会ったときは、そんなふうに見えませんでしたが」
「身近にいる人間には特に厳しいんだ。サブD連中の眼にゃ、暴君みたく映ったろうさ」
壱八の心中に、顔馴染みの女帝が浮上した。今までに被った受難の数々を考えれば、朱良を連想してしまうのもやむないことだった。
掌を返すような渕崎の変貌は確かに疑わしかったが、壱八の抱き続けていた悪印象は今の証言でだいぶ払拭された。デスクに座るスキンヘッドの男に、妙な親しみさえ覚えた。
「結果的にアリバイが成立したのはありがたかったから、P様々だよ。ホント惜しい人を亡くした。心からそう思う」
本心だろうか。しかし将門からの合図はなかった。
「一番新しい事件のことを伺いましょう」
「おう、四日前のアリバイだな。そうか、Pが殺されてからもう四日も経つのか……あの日は朝から出演者の顔合わせやら何やらあって、早くにこの極東テレビに来てた。来月頭に放映予定の生放送バラエティーで、南Pもいたよ。〈ガダマダ〉の大ブレイクで、あの人と組む機会も増えてね。他所のプロダクション連中は、あの人の掟破りなやり口を随分腐してたそうだが、それでも数字とスポンサーを取る実力は本物だったからな」
彼方を見るような眼つきで、かつての部下は滔々と語った。少し話が脱線してきたが、敢えて将門も口を挟まず、語るがままをじっと見守っている。
「んで、夕方には仕事も片づいて、十八時頃に局を離れた」渕崎は自力で話の方向を戻した。「南Pも、スタジオにはいなかったな。プライベートで仕事仲間とつるむような人じゃなかったし、大方独りで帰ったんだろう。俺もサブDの一人に飲みに誘われたが、断って独りで帰った。自分の車でな。家に着いたのが、だから十八時半ぐらいか。後はずっと部屋にいた」
「家というのは、一戸建てですか」
「いいや、マンション」
「独り暮らしですか」
「それもノーだ」途端に気の抜けた顔になり、同棲相手がいる、と付け加えた。「そうは言っても、二十二時過ぎまでは俺独りだったから、完全なアリバイにはなってない。車が地下の駐車場に置きっ放しだったことは、同じマンションの住人が何人か証言してくれたがな」
将門が自分の左手をこめかみに当て、頬にまとわりつく横髪をゆったりした動作で撫で払った。読心の合図だ。
「南さんの殺された時刻、あなたは独りで自分の部屋にいたと。それに間違いはないんですね?」
外見上の反応を窺いながら、脳裏に浮かんだ渕崎の心理を読み取る。
「ああ、誓って言うよ。間違いない」
心理上の反応は、やはり正常だった。渕崎は真実を述べている。
将門にそのことを眼で報せると、壱八は声に出して溜め息を吐いた。
アリバイに関する渕崎の証言に、偽証は含まれていなかった。渕崎が連続殺人犯である可能性は、ほぼ消えたことになる。将門の言ったように、彼がプロデューサーに昇進したのは、単なる結果論に過ぎなかったのか。
これまでの質問で、渕崎への疑いは晴れたも同然だが、とどめの問いをまだ将門はぶつけていない。
「ところで渕崎さん」デスクの端に手をかけ、占い師はその容貌に相応しい甘い声で囁いた。「わちきどもが来るまで、ここで何をしていたんです?」
相手は煩わしげに机上のタブレットを手に取ると、
「別に大したことじゃない。〈ガダマダ〉のオープニングテーマを考えてただけだ。時間枠の拡大に併せて、色々試したくてね」
タブレット下に隠れていた資料が露わになる。乱雑に並んだ音楽雑誌に紛れ、朱良がモデルを勤めるファッション雑誌のロゴがチラリと見えた。業界人がチェックしているところを見ると、存外に利用価値の高い雑誌なのかもしれない。
「収録も進んでいないのにですか」
「世間じゃ打ち切り説が濃厚らしいが、絶対にそんなことはさせない。あの番組には社運がかかってるからな。今はただの充填期間」
自信ありげな番組の存続発言だ。ただの強がりかもしれないが、そこまで詮索する謂れはないだろう。
「そう上手くいきますかねえ」
意味深な占い師の呟きは、渕崎のテカテカした頭に一瞬の翳りをもたらした。
「世論に屈したままじゃ、革新的な番組なんて創れないんだよ。ま、こいつは俺じゃなくて南Pの持論だが」
「あなた自身はどう思っているんですか」言いながら、椅子に座ったままのスキンヘッドに顔を寄せ、将門は、「〈ガダラ・マダラ〉の関係者が、これで四人も殺害されました。番組が続く限り、被害者の数も増え続ける。渕崎さん、あなたもそう考えているのでなくて?」
「何が言いたいんだ、あんた」狼狽えたように視線を彷徨わせ、渕崎は声を絞った。
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