デリバリースタッフの仕事を挟んでその翌朝、壱八は二日ぶりの着信音に熟睡を妨げられ、開かない眼を擦り擦りスマホを取り上げた。相手はやはり将門で、朗報が入ったという。電話越しの声つきからも、それは明瞭に察せられた。

 本日昼頃、極東テレビ内で〈ガダラ・マダラ〉スタッフと第二部〈ガダマダ学園トンデモ部活動〉の出演者による番組のミーティングが行われる。司会の我王区は来ないが、それ以外の事件関係者と思しき面々、プロデューサー南枳実、チーフディレクター渕崎柾騎、異能力者大賀飛駆及び春霧空の四名が、数時間後に局内に集結するというのだ。

 確かに四人まとめて話が聞けるなら、一人一人に当たる手間が省け、将門としても大いに望むところだろう。しかしあの渕崎が一緒では、残る三名への聞き込みもままならないのではないか。そう伝えると、将門は心配ご無用と見得を切って、

「問題はその後です。情報筋によると、ミーティングの後、プロデューサーの南と大賀飛駆、春霧空の三人だけで、別件の打ち合わせが行われるらしいんですよ。それも別の場所で」

「ほう。渕崎は来ないのか」

「みたいです。二度目の打ち合わせ場所もバッチリ押さえてますので。にしても、三人きりでしかも場所まで変えて話し合うなんて、いかにも怪しいですよ」

 伝え聞くところによると、件の情報屋は思いつく限りのコネを総動員して以上の情報を仕入れたらしい。会見場所まで調べ上げる手腕には感服するしかないが、裏を返せば個人的な会合には違いないとしても、さほど内密な、お忍びの打ち合わせでもないのだろう。半陰陽の勘繰りは、果たして真実を照らしているのか。

 以前は会うことの叶わなかったプロデューサー南枳実と相見える機会を得て、将門はえらく興奮しているが、二日前の渕崎との面会がどんな結末を迎えたかを失念しているようだ。ただの糠喜びで終わらなければいいが。

 壱八にはもう一点、気になることがあった。

「待てよ。打ち合わせがあるってことは、番組はこのまま続くのか」

「どうでしょう。スタッフの間でもかなり揉めてるみたいですけど、テレビ局での打ち合わせには、その件も含まれてるんでしょう。もし番組続行が決まって放送が再開されれば、関係者が泣いて喜ぶくらいの視聴数にはなるでしょうね」

「どうかな。まあ話題性は充分と」

「正午にスタジオ観覧のときと同じ駅で待ち合わせましょう。ボールドヘッド以外の三人は、局ビル近くのファミレスで落ち合う予定ですので」


 定刻にやや遅れてターミナル駅の円形公園に辿り着いた壱八を待っていたのは、会うのを最も恐れていた人物を何故か引き連れて、にこやかに手を振る黒いスーツ姿の占い師だった。

「どうしたんです。早くいらっしゃいな」

 近づく気にもなれず、入り口の手前で不貞腐れたように佇む壱八に、将門は声を大にして呼びかけた。

 渋々ながら二人のいるベンチへ。シックな出立ちの占い師の隣で、壱八をバカにした眼つきで見ているカジュアルな衣装の女性は、紛れもない壱八の天敵、吉岡朱良その人だった。膝上を覆うのは、薄手の白いフーディだ。白と黒。どうやらこの二人、服選びのセンスも対極にあるらしい。

「何か言いたそうな顔してますね」壱八の浮かない顔を見据え、将門は言った。

 してやられた。最初から朱良と合流する取り決めだったのだろう。以前ここで待ち合わせたのと同様の汚いやり口に、壱八は返す言葉もなくむっつり押し黙った。不機嫌な様子を見て取った将門は、弁解するように、

「君、何か勘違いしてませんか。今日の朱良ちゃんは、あそこの通りで偶然見かけて声かけただけですよ」

「口でならなんとでも言えるだろ」

「あらら、わちきそんなに信用ありませんか」

「放っときゃいいのよ、こんな奴。調査に加わったって、どうせ何の役にも立たないんだし」

 狡そうに眼を光らせて朱良は言い、膝から取り上げた自身のフーディに袖を通した。キュロットやホットパンツでなく、ギャザー付きの短いスカートを穿いていると判り、壱八は心から安堵した。この恰好なら、ミドルより上方のキックを繰り出す心配もないだろう。下にスパッツでも穿いていれば、また話は変わってくるが。

「心強い仲間も加わったことですし、今日の聞き込みは上手くいきそうですね」

「それを言われると俺の立場がない」

 君にはこれがあるでしょう、と将門が差し出したのは、群青色をした例のポーチだ。

「本当、荷物持ちなんてお似合いのポジションじゃない。立場があるだけありがたく思うのね」

 毒素しか含んでいない朱良の言葉を苦々しく拝聴しながら、恭しくポーチを受け取り、手馴れた動作で小脇に抱えた。

 こうして一行は、スタジオ観覧と全く同じ面子で再び極東テレビの近場へ赴くことになった。

 今に始まったことでもないが、片や絶世の美貌と豊満な肢体を誇る半陰陽、片やファッション雑誌の現役モデルだけあって、駅に向かう最中もプラットホームで電車を待つ間も、電車内でも駅構外に出てからも、壱八を除く二人は周囲の男連中を終始魅了し続けていた。更には、そんな二人に付き従う壱八への痛烈な羨望の視線も、複雑な心境で浴び続けるしかなかった。占い師と並んで街を歩くだけでもその傾向が強いのに、朱良が加わったことで羨望の度合いは累乗の如く増していった。

 そんな朱良の仕事先にも、一度だけ警視庁の刑事がやって来たそうだ。壱八とも将門とも面識のない刑事だったようだが、その彼を腐す朱良の舌鋒は毒塗りの刀剣を振り回す狂戦士にも似て、相変わらず遠慮も加減も何もなかった。

「今日はエスパーの二人にも会えるんでしょ。どんなイカサマ使ってるのか、うちが暴いてやるわ」

 勢いに乗ったまま朱良はそう息巻いて、横を歩く壱八の腕を肘で突いた。

「フーディーニかお前は」

「何それ。あと、うちのフーディとかけてるんだとしたらクソつまんないんだけど」

「つまらなくて結構。フーディーニは史上最大の大脱出芸人だよ。何かの紹介動画で観た憶えがある」

「はっ、アホくさ。どうせ倍速再生でしょ。んで、縄抜けとうちがどう関わるのよ」

「ハリー・フーディーニは死んだ母親の霊と会いたいがために、本物の霊媒師を捜し求めていたんです」将門が注釈がてら口を挟む。「心霊現象を一切認めない朱良ちゃんとは、霊に対する考えが根本的に違うのでは」

「こいつなら監獄だって抜け出せるさ。人ん家の玄関扉ぶっ壊すくらいだしな」

「あれ、蝶番外すの大変だったのよ」

 大変だったなら、壊す前に諦めてくれても良かったのだが。心中浮かんだ無残な玄関ドアの様子に、変わり果てたテレビの姿が重なり合い、溜め息すら出なかった。

「そうそう、イカサマって言葉も使わないんですよ、あの番組」

「イカサマは存在しないってのか。大した自信だな」

「違う」またも肘で牽制しつつ、朱良が言う。「フェイクで統一してんの。ほんっと下らない。ポップな言い方に変えたところで、イカサマはイカサマじゃん」

「大学教授くらいですかね、公然とイカサマ呼ばわりしてたのは」

 壱八は日頃からフェイクニュースやディープフェイクの話題に触れていたので特に違和感はなかったが、ここでムキになって逆張りしても肘鉄砲の餌食になるだけなので黙っておいた。

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