駅前から続く歩道を、テレビ局の方向へ進んだ。前回より人の数は格段に多い。ヴァニラの懐かしい甘い香りが食欲をそそるアイスクリームショップには、歩行に支障を来すほど大勢の人々が群がっている。客層も未成年者が大半を占めていた。

「今日は若いのが多いな」

「日曜だからでしょう」

「あ、そっか」

 壱八の不自然な間を見逃すはずもなく、朱良の鋭い声が飛ぶ。

「この間抜け。曜日ぐらい憶えとけ」

「うるさいな。俺は時間に縛られるのが嫌いなんだよ」

「出た、日常の時間にもろくに対応できない無能者の常套句。この能なし」

 何遍も頭ごなしに無能呼ばわりされると、腹が立つ代わりに自分が本物の無能者なのではと思えてくる。慣れは恐ろしい。

「曲がりますよ」

 二人を促し、将門は先頭に立って幅狭い脇道に入った。途端に人波が途絶え、近隣の建造物も小ぢんまりしたビルが目立つようになる。

 直進すれば反対側の大通りに出るのだが、将門は左右の建物に油断なく眼を走らせ徐々に歩調を緩め、駐車場もない個人経営らしき理髪店の前で脚を止めた。

「床屋さんの隣のファミレス、ここですね」

 と、将門は道路の左手にあるファミリーレストランのチェーン店を指差した。

 三人だけの打ち合わせと聞いていたので、もう少し密談めいたイメージを抱いていた壱八だったが、テレビ局の社屋とは距離を隔てていたものの、密会場所にしてはやや開けすぎな気もした。

 将門とは明らかに違う意味で、異能力者二人に会うのを心待ちにしている朱良は、早くも薄い木扉のノブに手をかけていた。

「おい、もう入るのか」

 朱良は不服そうに振り向いて、

「もうって、じゃあいつ入るのよ」

 首尾良く〈ガダラ・マダラ〉関係者の三人に会えたとしても、冷たい反応をされるのは眼に見えている。それを考えると、壱八はまだ心の準備が充分でなかった。

「壱八君、肝っ玉小さいんですね」

 胆汁黒いし、と将門の言葉に応じる朱良。声量の大小を問わず、朱良の発言は見事なまでに壱八の神経を逆撫でしてくる。

「よく見えませんけど、時間的にまだ誰も来てないでしょう。先にお邪魔して、お三方が来るのを待ちましょうか」

 ガラス窓の奥を覗き見ながら将門は言った。半陰陽の一声で、趨勢は敢えなく決した。

 朱良がドアノブを引くと、頭上で弾むような鈴の音が聞こえた。

 壱八も店内に入ろうと一歩踏み出したが、真っ先に扉を潜った朱良が足を止め、壱八は狭い扉の敷居を跨いだまま立ち往生する他なかった。

「どうしました」板挟みになった将門が、動きを止めた朱良の背に手をかけ尋ねる。「後ろがつっかえてますよ。早く進んで」

 急かす将門に、朱良は陰気な声で、

「待つ必要ないみたい。うちが一番乗りだと思ってたのに」

 将門が身をずらして朱良の横に立ち、壱八もようやく中に入ることができた。重みのない扉をそっと閉め、将門の肩口から店の様子を窺い見る。

 木目を基調としたファミレス店内は、清潔感ある現代風な佇まいと共に、店全体に暖かみのある和やかな雰囲気を行き渡らせていた。右手側にカウンターとレジ。座席は左の広々とした空間に集中していた。

 座席側の一番奥まった箇所に、半ば調度の一部と化すようにして、静かに身を落ち着ける先客の姿があった。

 呪われた番組〈ガダラ・マダラ〉の出演者にして異能力者でもある、大賀飛駆と春霧空。並んで座る両者の向かいに座る三人目は、塞の神が死んだ際、舞台セット付近でチーフディレクター渕崎と言葉を交わしていた女性と瓜二つだった。彼女がプロデューサーの南枳実だろう。

 色仕掛けは通じない。手練の制作スタッフ相手に、将門はどこまで事件の内実に肉薄できるのか。

「いざ勝負ってとこね。人数は互角だし」

「この前は二対一で手も足も出なかったがな」

「過去のことは蒸し返さないでください。いざ出陣です」

 全く統一感のない足取りで、店の奥へ歩き出す三人。カウンター横のレジにいた給仕係が、人数確認のため近くへやって来たが、将門に注文は取らないのでお構いなく、とあっさり追い返された。

 対座する二人に真剣な面持ちで何かを語っていた女性が、近づいてくる三人に逸早く気づいた。深緑色のダウンジャケットを羽織ったままなのは、来店してまだ間もないからか。女性の視線を追うようにして、青年と少女も首を巡らせる。

「あなたたち、誰?」

 大賀飛駆と春霧空をちらちら横目に見やりながら、女性は座席の横に立つ将門に誰何した。

「突然お邪魔して申し訳ありません。わちきは」

 そこで言葉を切り、素早く壱八に向き直ると、名刺ください、早く、と小声で囁いた。

「お、おう」

 急に命じられ、壱八は自分の脇からポーチを取り出したが、慌てていたばかりに手を滑らせ、床に落とした。

「バカ、何やってんの」

 腰を屈めて拾い上げる壱八の太腿に、朱良の膝蹴りが炸裂する。

「痛えな」

「早く拾いなさいよ、ドジ」

 二人の所作を呆然と見つめる席上の三人。本来、助け船を出して然るべき将門も、一緒になって壱八を冷たく観察している。

 ジャケットの女性は益々怪訝そうな表情を浮かべ、日本人離れした容姿の半陰陽を再度見やった。

「夜鳥プロの南さんでいらっしゃいますね」相手の視線を正面から受け止め、将門は颯爽と言った。

「ええ、南は私よ。で、あなたは」

 三人全員にいちいち名刺を配りながら、将門は改めて自己紹介をした。

「申し遅れました。わちきは都内に店舗を構え人の運勢を占っております、円筒将門と申します。隣にいるのが吉岡朱良でその隣が最上壱八、今日は助手として同行してもらいました」

「はあ。で、その占いをしているあなたが何の用ですか。それに、どうして私がここにいると」

 思った通り、受付の青年はあの名刺を渡していなかったらしい。渕崎とは対照的に少し吊り上がった一重瞼を細め、プロデューサーはそう尋ねてきた。透き通った声音だが、低音の成分が多いため心持ち重く聞こえる。

「用というのは他でもありません。訳あって〈ガダラ・マダラ〉関連の殺人事件を独自に調査しているのですが、どうしても事件の詳細を直接お訊きせねばと思いまして、本日こちらにお伺いした次第で」

 それまで不思議そうに話に聞き入っていた飛駆青年が、事件に話題が及んだところで両の眼を大きく見開き、話し手を見上げた。横の少女もよく似た反応を見せ、はっと息を呑む音が壱八の耳にまで届いた。プロデューサーの南枳実だけが、細めた眼を更に細めるように眉を顰め、座席近くに立つ闖入者を等分に見比べている。

 〈ガダラ・マダラ〉の公開収録に観客として立ち会ったこと、その現場にて塞の神紀世の毒殺シーンに遭遇したこと、及び十条教授の殺害に関し警察からあらぬ疑いをかけられていることを、将門は噛み砕いて説明した。

「確かにお気の毒ですけど、やっぱりそういうことは犯罪捜査のプロに任せるべきだと思うわ」

 占い師の説明が一段落ついたところで、南プロデューサーが皮肉っぽい口調で語りかけた。あなたたちに何ができるの、彼女の口調が暗にそう仄めかしている。

「捜査のプロといえど、全幅の信頼を寄せるわけにはいかないのですよ。連中の一人は、現にこのわちきを連行しようとさえしたのですから」

 むろん、警視庁捜査一課のボサボサ頭のことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る